効率的な狩りの始まり。護衛を引き付ける将軍と、影を駆ける暗殺部隊。
「……夕刻までには村を叩くぞ」
ガラルド帝国最強の一角、将軍バレル。
わずか二人での強行軍。その狙いは、いまだ魔力枯渇の底で眠り続ける「王国の希望」ゼクスの首。
一方で、故郷ベルンシュタイン村では、ハンスとエレノアが高度な魔術戦を繰り広げていた。
あの子の背中を追い、孤独に研鑽を積んできたハンスの驚異的な実力。
だが、安堵の夕餉を告げる煙が立ち上る中、村の入り口に絶望の影が立つ。
表から攻める将軍、そして裏から寝室を狙うラミル。
眠れる英雄を守るための、血塗られた防衛戦が幕を開ける──。
ガラルド帝国前線基地、北門。
深夜の静寂を切り裂くように、二つの影が揺れていた。
「……将軍、本当に我ら二人だけで行かれるのですか?」
ラミルの問いに、バレルは巨躯を揺らし、鼻で笑った。
「無論だ。鈍重な騎士どもを連れて行けば、山を越える速度が落ちる。それに、基地の戦力をこれ以上削るわけにもいかん。……案ずるな。相手は指一本動かせぬ瀕死のガキだ」
バレルは愛剣の柄を確かめ、冷酷な光を瞳に宿した。
「奴が目を覚ますのが最大の懸念だ。……日の出と共に馬を捨て、獣道を強行軍で抜ける。夕刻までには村を叩くぞ。奴が眠りについている間に、王国の希望を闇に葬ってやろう。行くぞ」
二つの凶影は、月明かりを背に、音もなく夜の荒野へと消えていった。
───
険しい峠を越え、道なき崖を這い上がり、目的地であるベルンシュタイン村を眼下に捉えたのは、太陽が西に大きく傾き始めた頃だった。
泥を被り、息一つ乱さぬバレルの姿は、それだけで人外の威圧感を放っている。
「……将軍、見えました。あそこが、ゼクスの故郷です」
ラミルが、復讐の炎を宿した瞳で告げる。バレルは無言で村の様子を観察し、短く命じた。
「作戦の最優先事項は一つ。奴が『起きていない』ことを確認することだ。……ラミル、貴様が先行しろ。偵察はハウンドの十八番だろう。眠っていて、隙があるならそのまま仕留めろ。護衛がいれば一時戻ってこい」
「……御意。もし奴が目覚めていれば?」
「即座に撤退だ。合図は、真上に放つ赤い閃光魔術とする。……護衛がいるのなら、我が正面から村へ入り込み、暴れて注意を引く。その隙に貴様は二階へ潜り込み、ゼクスの首を刈れ」
効率的な狩り。バレルの瞳には、すでに獲物の断末魔が映っているようだった。
───
その頃、村外れの広場では、空気を震わせる轟音が響いていた。
「……そこよ!」
エレノアが放つ死角からの高速火球、足元から突き上げる氷柱、背後を狙う不可視の風刃。多重に展開された高度な魔術。しかし、ハンスはそのすべてを、最小限の魔力操作で霧散、あるいは相殺していく。
「……くっ、あれから私も相当腕をあげたのに……! 冗談じゃないわよ!」
エレノアが肩で息をしながら叫ぶ。ハンスは静かに落ち着いた声で返した。
「私もあの子の背中を追い続けて、研鑽を積んだと言っただろう? ……これが君に防げるかな。――『ヘイルストーム』」
突如、広場一帯に極低温の魔力が吹き荒れ、一面が瞬時に銀世界へと変貌した。
あまりに巨大な規模、そして一瞬で地形を変えるほどの魔力密度。
エレノアは絶句し、両手を上げた。「ちょっと、そんなの……! 防げるわけないじゃない。降参よ、降参!」
「ふぅ……。それにしても、あんたがその域にまで達していたとはね。驚いたわ」
ハンスの額には、隠しきれない汗が浮かんでいる。
隠居したはずの天才が、神童に感化されあの子の背中に少しでも近づこうと、孤独な研鑽を積み直した証。それは、九歳の少年に命を救われた日から、ハンスが一日たりとも欠かさずに積み上げた、悔恨と感謝の結晶だった。
───
夕飯時。村の家々から暖かな煙が立ち上り、人々が団欒を始めようとしたその時。
ハンスの自宅周辺を、音もなく影が通り過ぎた。
(……ゼクスの奴、まだ眠っているな。魔力の揺らぎもない)
窓から一瞬だけ室内を覗き見たラミルは、その確信を得る。
しかし、部屋の中には、幼く見える少女が献身的に世話を焼いている姿があった。そして階下には、魔術師団員らしき強者の気配。
(これだけのプレッシャー……おそらくは隊長クラスか。……確実性を期すべきだな)
ラミルは独断を避け、バレルの元へと戻る。
「将軍、確実です。奴はまだ眠っています……ですが、階下に魔術師団員らしき影が。一人で護衛を任されているということは、隊長クラスの猛者でしょう」
「……なら作戦通りだな。我が表から仕掛ける。ラミル、貴様はゼクスの首を最優先しろ。……邪魔する者がいれば、迷わず殺れ。それが女であろうと、赤ん坊であろうとな。我らが生き残る道は、奴の死の上にしか存在せぬ」
バレルは愛剣を抜き放ち、夕闇に染まり始めた村の入り口へと、静かに、だが重々しい一歩を踏み出した。その一歩ごとに、周囲の空気が密度を増し、夕べの静寂が「死の重圧」へと塗り替えられていく。
──その瞬間。
ハンスとエレノアの肌を、針で刺すような「死のプレッシャー」が貫いた。
「……エレノア! 客人が来たぞ」
ハンスの声音が、これまでにないほど冷たく引き締まる。
「……それも、とびきり野蛮な死神だ」
村の入り口。沈みゆく残光を背負い、巨躯の影が立つ。
そしてその影の背後では、ラミルが夕闇に紛れ、セシルとゼクスの待つ「二階」を目指して音もなく跳躍していた。
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