「九歳の子供に救われた」──かつての戦友たちが明かす、彼が異常であり続けた理由。
「……スーちゃん、お待たせ。お邪魔虫はいなくなったよ」
ベルンシュタイン村、ハンスの自宅二階。
扉に貼られた「入室禁止」の紙は、幼馴染の独占欲が生み出した結界。
眠り続ける彼を「動かぬ宝物」として慈しむ、あまりに過剰で甘い献身の夜。
一方、階下ではかつての戦友たちが酒を酌み交わしていた。
そこで明かされる、九歳の彼が起こした奇跡と、この村へ逃げてきた「理由」。
静かな夜の裏側で、彼を巡る過去と未来が、静かに混ざり合っていく──。
ハンスの自宅二階。夕闇が差し込む寝室の扉には、セシルの手によって「入室禁止」という乱暴な貼紙が踊っていた。それは、外の人間を拒絶する結界のようにも見える。
「パパもエレノア様も、絶対に入ってきちゃダメだよ? スーちゃんの着替えとかお世話は、全部私がやるんだから。……いい?」
扉の向こうに告げた声は、甲斐甲斐しい幼馴染のそれだった。だが、一歩部屋の奥へ戻れば、そこには甘く淀んだ沈黙が支配する「聖域」が広がっている。
「……ふふ、お待たせ、スーちゃん。お邪魔虫はいなくなったよ。……ねぇ、もう一回しちゃったんだから、今さら恥ずかしがる必要なんてないよね……?」
返事ができるはずのないゼクスに蕩けるような吐息で尋ね、セシルはベッドの横に腰掛けた。彼女は自らの口に含んだ水を、ごく僅かずつ、ゼクスの唇へと丁寧に流し込んでいく。意識のない彼の喉が動くたび、彼女の指先がその動きを愛おしげに、あるいは独占欲を誇示するように弄った。
「……ん、……ふ。美味しい? 喉、乾いてたよね。……あ、少し零しちゃった。……でも大丈夫。今、私が全部脱がせて、隅々まで綺麗にしてあげるからね」
もしゼクスが今目覚めたなら、顔を真っ赤にして逃げ出すような「過剰な献身」。けれど、彼が眠り続けている限り、ここには彼女を咎める者は誰もいない。セシルは満足げに、ゼクスという名の「動かぬ宝物」に身を寄せていた。
───
一方、階下の居間では、かつての戦友たちが古い酒瓶を囲んでいた。
エレノア、ハンス、マリア、そしてバルトロ。
「……セシルのあの子、献身を通り越して、もう囲い込みに入ってるじゃない。扉に『入室禁止』なんてデカデカと張り出すなんて、親の顔が見てみたいわね」
エレノアが呆れたように酒を煽る。ハンスは苦笑いしながら、手元のグラスを見つめた。
「まあ、あの子にとってゼクスは全てなんだ。……いや、我々家族にとっても、彼は命の恩人だからね」
「そうね……あの時は本当に、私も死を覚悟したもの」
マリアが、あの日――六年前の光景を思い出すように目を細める。
「九歳だったゼクスくんが、ボロボロになりながら、凄まじい速度でギガント・フェンリルに割り込んできたの。……私達を庇って迫りくる爪を弾き、見たこともない規模の魔術で群れごと一撃で倒しちゃったのよ。……その後、よかった、間に合ったって言いながら倒れて。あんなものを見せられたら、私がセシルでも惚れちゃうわ」
その言葉に、エレノアが鼻で笑ってハンスを睨んだ。
「へぇ……。あんた、九歳の子供に負けたわけ? 当時、私より上の成績で『天才』なんて呼ばれてたくせに。相当、平和ボケして怠けてたんでしょうね」
「……まぁ、うちのゼクスが異常なだけなんだよ、エレノア」
バルトロが助け舟を出すが、ハンスは自嘲気味に首を振った。
「いや、事実さ。家族も守れず、九歳の子供に命を救われた。……あの時の悔しさは、今も忘れていないよ。そして何より私を打ちのめしたのは、救ってくれた後の彼の姿だ。あれほどの才能がありながら、あの子は毎日毎日、飽きもせず血の滲むような研鑽を続けていた。それに当てられたセシルもまた、彼についていこうと必死に……。親である私が、それをただ見ているわけにはいかなかったよ。私も反省し、彼を見習って研鑽を積み直したね」
ハンスの手が、無意識に力強く握りしめられる。
「そういえばゼクスって、一歳から魔術を使ったって話、本当なの?」
エレノアが興味深げに身を乗り出す。話題はゼクスの幼少期の「異常性」へと移り、一同は驚愕と納得を繰り返す。
「聞けば聞くほど信じられないわね。けれど……あの森を消し飛ばした竜巻を見たら、納得するしかないわ」
エレノアは酒を飲み干し、ふと思い出したように本題を切り出した。
「ところで、あんた達が王都から消えた本当の理由、そろそろ聞かせてくれる? 村長の息子だったバルトロが、卒業してすぐに帰郷したのは知っていたけど……。あんたたちは違う。やっぱり、セシルが原因?」
ハンスとマリアが顔を見合わせ、静かに頷く。
「ああ……セシルが生まれて間もない頃のことだ。あの子に指を握られた瞬間、私とマリアは戦慄した。赤ん坊が、無意識に私の指先の傷を『治癒』したんだ。……稀少すぎる治癒の天賦。公になれば、あの子は一生、国家の道具として使い潰される。だから、バルトロを頼ってこの村へ逃げたんだよ」
「やっぱりね。セシルがあんたを『パパ』と呼んだとき、ピンときたわ。……でも、もう隠す必要もないんじゃない? ゼクスという強大な庇護がある今なら、王都に戻ってくる気はないの?」
ハンスは夜の闇が広がる窓の外へ視線を投げた。
「……戻る、か。それもいいかもしれないな」
かつての旧友たちの再会は、夜が更けるまで続いた。
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