兄の死を越えて。ラミルが持ち帰った「ゼクスの死角」が、ベルンシュタイン村を襲う。
「……許さない。絶対に、許さない……!!」
白銀の竜巻がすべてを消し去った戦場から、唯一人生き延びたラミル。
兄の死という絶望を、ゼクスへのどす黒い殺意へと変え、彼は帝国の基地へと帰り着く。
そこで語られたのは、無敵に見える「天災」の脆弱な真実。
自壊を伴う加速、そして感知の限界距離。
魔力枯渇で眠り続けるゼクスを仕留めるべく、帝国将軍バレルが直々に動き出す。
休息の地・ベルンシュタイン村は、まもなく血塗られた狩場へと変貌しようとしていた──。
月光すら届かぬ険しい山道を、一筋の影が獣のような速さで駆け抜けていく。
ガラルド帝国が誇る隠密暗殺部隊『シャドウ・ハウンド』。その一員であるラミルの頬を伝うのは、冷たい夜風だけではなかった。
「……はぁ、……はぁっ……!!」
喉の奥が焼けるように熱い。肺が潰れそうなほどの全力疾走。だが、足を止めれば、背後に残してきたあの「絶望」に呑み込まれてしまいそうだった。
夜空の雲さえも引き裂き、森を塵へと変えたあの『白銀の巨大な柱』。
兄、ゲオルクは間違いなくあの渦の中で果てた。
他人から見れば、ゲオルクは残虐非道な指揮官だったかもしれない。血を好む狂犬に見えたかもしれない。けれど、ラミルにとっては違った。唯一無二の家族であり、自分に戦い方を教え、常にその大きな背中で守ってくれた、たった一人の優しい兄だったのだ。
(……許さない。絶対に、許さない……!!)
溢れ出す涙を、ラミルは乱暴に拭った。特殊部隊にあるまじき失態。だが、その瞳に宿る憎悪の火は、むしろ兄を失ったことでより一層どす黒く、鋭く研ぎ澄まされていく。
兄が命を賭して晒し出したあの化け物の「底」。それを持ち帰ることだけが、今のラミルを突き動かす唯一の燃料だった。
ガラルド帝国最前線基地。
前日の夕刻に戦地を脱したラミルが、泥と血に塗れながら基地へ帰り着いたのは、翌日の午後も回った頃だった。
泥塗れになりながら転がり込んだラミルを待っていたのは、凍り付くような沈黙と、将軍バレルの冷徹な声だった。
「ラミル。なぜ貴様が一人でここにいる。……それに、あの山の向こうで見えた銀の竜巻は何だ。弁明を聞こう」
バレルの問いに、ラミルは床に膝をつき、拳を血が滲むほど握りしめて絞り出した。
「報告……ッ! ゲオルク師団長以下、『シャドウ・ハウンド』……私を残して、全滅いたしました。相手は、例の『白銀の少年』――ゼクス。あの竜巻も、奴が放った大規模魔術です」
基地内に戦慄が走る。帝国最強の一角と、隊長クラスの構成員のみで編成された『シャドウ・ハウンド』が、たった一人の少年に屠られたという事実。
しかし、ラミルは怯むことなく顔を上げた。その瞳には、狂気にも似た「確信」が宿っている。
「奴の力は底知れません。ですが、弱点を見つけました。報告にあったあの神速の『加速』。あれは肉体への負荷があまりに大きく、諸刃の剣です。……以前、治癒師の娘を抱きかかえて戦っていたとの報告は、慈悲ではありません」
ラミルは、兄の死の瞬間に見た、あの少年の「限界」を思い出し、吐き捨てるように続けた。
「常にゼクスの身体を癒し続けなければ、奴の肉体は自壊する。そしてその治癒も、長くは持たないはずです。奴のあの異常な速さは、命の前借りに過ぎない……!あの少年は、己の肉体を焼き切ることで、神にも等しい力を振るっているのです。今の奴は、中身の空っぽな、ただの壊れかけた器に過ぎません!」
「さらに、奴は風による探知を使い、死角からの攻撃をすべて防ぎます。しかし、それにも『限界距離』がある。兄上が身を挺してそれを証明されました。……その証拠に、私が離脱したことにも、奴はきっと気づいていません。奴は恐ろしく強い。けれど、戦ってみて確信しました。奴とて、血の流れる人間なのだと」
ラミルは声を荒らげ、一気に畳みかける。
「今、奴はあの天災級の魔術を使った反動で、間違いなく深刻な魔力枯渇を起こしているはず。……我が軍の戦力も枯渇寸前なのは承知しています。ですがバレル将軍! 今を逃せば、あの怪物を仕留める機会は、二度と訪れません!」
「……この我に、直々に牙を剥けというのか、ラミル」
将軍と呼ばれている大躯の男が、音もなく立ち上がった。バレルの放つ圧は、それだけで室内の酸素が希薄になったかのような錯覚を抱かせる。
「将軍閣下……! 恐縮ながら、それしか方法がないのであれば。シャドウ・ハウンドの精鋭と兄ゲオルクを以てしても、あの少年を止めることはできませんでした……閣下自らのお力が必要かと!」
バレルは顎に手を当て、熟考する。帝国の資源も、兵力も、もはや後がない。だが、ラミルの言葉には、ただの復讐心を超えた価値があった。
「……なるほどな。貴様の情報、そして作戦が失敗してでも撤退を選び、これを伝えた判断。……相応の価値があることは分かった。だが、ラミル。すぐに奴らが王都へ戻れば間に合わないだろう?」
「その件に関してはあの場所の近くにベルンシュタイン村というゼクスの故郷があります。そこに寄る可能性は高いかと」
バレルはまた顎に手を当て思案する。
「よかろう。滞在する場合、戦力も削がれ成功の可能性は跳ね上がるという訳か。少々博打な面はあるが、やるだけの価値はあるだろう。ラミルよ。偵察はできるな?お前らシャドウ·ハウンドの得意分野だろう」
バレルは冷ややかに微笑を浮かべ、死の宣告を下すように続けた。
「偵察をし、奴が倒れていることを確認次第、叩く。……もし起きていたなら、奴とて常に感知を張り続けているわけではないのだろう? その時は深追いせず、引き返す。いない場合も同様だ。いいな?効率的な狩りをするまでだ」
「バレル将軍……! ありがとうございます!」
「バレル将軍、自ら行かれるのですか!? 帝国本営からは待機の命令が……」
傍らにいた参謀が慌てて声を上げるが、バレルはその言葉を鼻で笑い飛ばした。
「本営の老いぼれ共など知ったことか。それに魔力枯渇なら早急に動かねば奴が目を覚ます……目を覚ます前にあの少年の首を、帝国の暗い夜に捧げてやろう」
憎しみに燃えるラミルの瞳は、もはや後戻りできない闇へと染まっていた。
嵐の前の、あまりに脆い静寂が、ゆっくりと終わりを告げようとしていた。
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