天災を飼い慣らす幼馴染。その執着を支援し、美月の視界から彼を消し去るための誓い。
「……ゼクス。君という男は、あまりに危険すぎる」
薄い布一枚を隔てて漏れ聞こえた、セシルの慟哭と衝撃の告白。
「父親」という嘘が剥がれ落ち、現れたのは美月を十五年追い続けた亡霊の姿だった。
愛する婚約者を奪われる恐怖。
そして、一国を滅ぼしかねない「天災」への畏怖。
絶望の果てにエドワードが辿り着いた答えは、救済ではなく、残酷な「隔離」だった。
セシルという名の檻に、英雄を閉じ込める。
王子の瞳に宿る暗い炎が、この物語をさらなる深淵へと導いていく──。
夜の静寂が支配する野営地。
エドワードの胸には、遠征が始まって以来、拭い去れない焦燥感が渦巻いていた。ゼクスに救われてからの美月の様子は、どこか危うく、自分が見知った彼女とは別の「何か」に心奪われているように見えたからだ。
美月がゼクスのテントへと吸い込まれていくのを見て、その不安は確信に近い殺気へと変わる。
「美月……一体何を……」
無意識に足が動いていた。王族としての矜持をかなぐり捨ててでも、彼女の「真実」を確かめずにはいられない。
だが、薄い布一枚を隔てて漏れてきたのは、慈愛の言葉ではなく、鋭い拒絶と衝撃の告白だった。
『十五年間、毎日毎日あなたの為だけに、必死に血の滲むような努力をしていたスーちゃんが……』
セシルの、悲鳴にも似た怒声。エドワードは息を呑み、心臓が凍りつくのを感じた。自分が信じていた世界が、音を立てて崩れていく。
(……あなたのためだけに? どういうことだ。ゼクスは、美月の想い人の『父親』だったはずではないのか……!?)
混乱するエドワードの脳裏に、かつてヴォルフガングが放った戦慄の言葉が鮮烈に蘇る。
『……これは、英雄という言葉だけでは片付けられまい。もはや魔術の域を超えている。一人で国を滅ぼしかねんほどの……圧倒的な『天災』だ。彼を敵に回すことだけは、何があっても避けねばなるまいな』
そうだ。彼は「英雄」などという生温い器に収まる存在ではない。
この国の軍事バランスを一人で崩壊させうる、歩く戦略兵器。そんな「天災」が、実は美月を十五年もの間、異世界の果てまで追いかけてきた執念深い「亡霊」そのものだったのだとしたら。
『スーちゃんが一番に愛してるのはもうあなたじゃない。私なの』
テントの中から聞こえる、微かな水の音。
影絵のように映し出される、セシルがゼクスの唇を塞ぎ、慈しむようにその「天災」を飼い慣らしているシルエット。
「……っ……」
エドワードは口元を押さえ、その場に膝をつきそうになった。
美月が救われた喜びも、ゼクスへの純粋な感謝も、すべてがドロドロとした愛憎の濁流に呑み込まれていく。
ゼクスは美月を愛していた。
美月もまた、ゼクスの中に「元の世界に置いてきた恋人」を重ね、執着している。
そしてセシルは、その二人を嘲笑うかのように、無防備な英雄を独占し、世辞にも「介護」とは呼べぬ執念で支配している。
『交換してあげたいから、お引き取り願えるかしら?』
美月が幽鬼のような顔でテントから這い出てくるのを、エドワードは身を潜めて見送った。彼女の背中には、自分への愛ではなく、剥き出しの絶望だけが張り付いている。
一人残されたエドワードは、震える手で地面の土を強く掴んだ。だが、その瞳に宿ったのは、悲しみではなく冷徹な「王」の輝きだった。
(……ゼクス。君という男は、あまりに危険すぎる)
この「天災」を美月の元へ行かせてはならない。さりとて、力で排除するには彼は強大すぎる。ならば、どうする。
(セシル……あの女だ。彼女のあの執着、あの独占欲こそが、この天災を封じ込める最強の『檻』になる)
エドワードの唇が、夜の闇の中で微かに、だが残酷に歪んだ。
セシルがゼクスを愛し、支配し、離さないというのなら、全力でそれを支援すればいい。私が美月の善き婚約者であり続け、またゼクスがセシルの腕の中に縛り付けられている限り、彼は美月の元へは届かない。美月は、自分の婚約者のままでいられる。
(救国の英雄と、献身的な幼馴染……。美しい話ではないか。私がその『絆』の証人となり、誰にも邪魔させぬよう外側から鍵をかけてやろう)
すべてが「嘘」の上に成り立っていたことを知った王子の瞳に、かつてない暗い炎が宿る。その炎は、美月を照らすための光ではなく、彼女の視界からゼクスという存在を焼き消すための業火だった。
愛する者を守るための誓いであり、同時に、親友と呼ぼうとしていた者を永久に地獄の底(セシルの檻)へ突き落とすための宣告でもあった。
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