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震える手で放つ、トドメの一撃。眠れる英雄の枕元で、最愛を巡る審判が下る。

「……セシルさんに、聞きたいことがあるの」

 

 確信を持って踏み込んだテントの中。

 美月が放った不用意な問いは、セシルの心に眠るどす黒い独占欲を呼び覚ましてしまう。

 

 十五年間、ただ一人のために積み上げてきた努力。

 それを誰よりも近くで見てきたという自負と、彼に受け入れられたという歪んだ自信。

 

 「今、彼は幸せなんです」

 

 セシルの口から語られる、美月の知らない「ゼクス」の物語。

 過去を武器にする幼馴染の猛攻に、聖女はなす術もなく追い詰められていく──。

 ゼクスの正体に、もはや疑いようのない核心を持ってしまった美月は、抑えきれない衝動に突き動かされていた。それが、取り返しのつかない「最大の過ち」になるとも気づかずに。


「……セシルさんに、聞きたいことがあるの」


 有無を言わさぬ口調で、美月はセシルの聖域――ゼクスが横たわるテントの中へと踏み込んだ。

 美月の瞳に宿る、鋭く、確信に満ちた光。それを見た瞬間、セシルは心臓が跳ね上がるのを感じた。


「……なんでしょうか?」


 セシルの声は低く、警戒の色を隠さない。

「あなたは、ゼクスさんの……彼の全部を知っているの?」


 あまりに直球で、あまりに愚かな問いだった。

 『敵』の手の内を探るには、これ以上ないほど不用意な踏み込み。その瞬間、セシルは確信した。目の前の聖女が抱いているのは、ただの感謝ではない。かつて自分が「ゼクス」に向けていたものと同じ、凄まじい執念と熱を帯びた「愛」であることを。


(……昔は、スーちゃんのためならって、応援しようと思ってた。でも、今は違う。もう、スーちゃんなしでは私は生きられない。今更、あなたなんかに渡すわけにはいかない……!)


 セシルの心の中で、どす黒い独占欲が鎌首をもたげる。この奪い取ろうとする敵を、ゼクスが目覚めていない今、完膚なきまでに叩き潰さなければならない。


「……はい。私は、全部知っています」


 セシルは、震える自分の手を悟られぬよう強く握りしめ、水色の瞳で美月を射抜いた。

「小さい頃からスーちゃんはずっと、女神様から聞いた不確かな情報を頼りに、血の滲むような訓練を自分に課してきました。『強くなって世界を守っていれば、いつか美月様に会える』……それだけを信じて」


 美月の目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。「やっぱり……」という確信が彼女を打つ。

「九歳の頃、今のようにスーちゃんはボロボロになりながらも私の命を救ってくれました。その時に芽生えた恋心も、彼からあなたの話を聞いた時に、一度は殺して『応援しよう』って決めたんです。……でも、ようやく彼があなたを見つけた時、あなたはエドワード王子と婚約していた」


 美月の表情が、急速に青ざめていく。

「十五年間、毎日。ただあなたのためだけに努力し続けてきた彼が、あの日どれほどの絶望を味わったか……あなたにわかる!?」


 セシルの言葉は、鋭いナイフとなって美月の心を切り刻む。

「だから、私が彼を幸せにしたいって思った。そして、彼は私を受け入れてくれた。卑怯だと言われても構わない。でも、彼は今、やっと幸せなんです」

「……でも、私は……っ」

 言い返そうとする美月の言葉を、セシルは冷酷に遮った。


「あなたにはエドワード王子がいるでしょう? あの日、幸せそうに婚約を発表していたあなたの顔に、嘘偽りはなかった。……だからこそ、彼は傷ついたんです」


 あの日。本心から「お似合いだ」と言われることに喜びを感じていた自分。その記憶が、美月を絶望の淵へと追い詰める。

「彼があなたに正体を明かそうとした時、絶望したのは私の方でした。でもね、あの時、あなたに『酷い嘘』をつく直前、彼が私に耳打ちしてくれた言葉……なんだと思う?」


 美月は息を呑み、掠れる声で聞き返した。

「……なに?」

「『大丈夫だ』って言ってくれたの。彼が一番に愛しているのは、もうあなたじゃない。私なんです。だから……今更、彼の幸せを壊さないでいただけますか?」

 美月は、その場に縫い止められたように固まった。セシルの言葉は、十五年という年月の重みを弾丸に変えて、美月の胸の真ん中を正確に撃ち抜く。自分が知らない場所で、自分が知らない苦しみの中で、彼は別の女の腕の中に居場所を見つけてしまったのだという絶望。

 返事すらできないまま、重苦しい沈黙がテント内を支配する。だが、セシルは容赦しない。完全に諦めきれていない彼女に、トドメの一撃を放つことにした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


……美月、あまりにも無防備すぎました。

ゼクスを失いたくないという焦燥感から、セシルの「聖域」に土足で踏み込んでしまった代償は、あまりに大きかったようです。


セシルの言葉は、半分は真実で、半分は残酷な嘘です。

ゼクスがどれほどの絶望を味わい、どれほどの覚悟で美月を遠ざけたのか。それを知るセシルだからこそ、美月の心がどこを突けば折れるのかを、正確に理解していました。


トドメの一撃を放とうとするセシル。

彼女は、ゼクスの「尊厳」すらも利用して、美月を完膚なきまでに叩き潰そうとしています。

勝利を目前にした幼馴染と、崩れ落ちる聖女。

その傍らで、何も知らずに眠り続けるゼクス……。


この愛の地獄に、救いはあるのでしょうか。

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