「どうして嘘をついたの?」──救済の果てに訪れた、血の涙と絶望の再会。
「……美月が……何よりも……大事だから……」
魔力が枯渇し、崩れ落ちるゼクスの体を抱き留めたのは、目覚めたばかりの美月だった。
薄れゆく意識の中で、彼が最期に漏らした一言。
それは、あの日、アスファルトの上で彼を失った時に聞いた、世界で一番優しくて残酷な「音」。
ついに繋がった過去と現在。
「涼翔の父」という嘘を暴いた美月は、安堵ではなく、激情に身を焦がす。
彼を救い、繋ぎ止めてきたセシルの存在を知りながら。
美月の瞳には、聖女ならざる「暗い火」が灯り始める──。
(魔力が……足りないのか……!)
制御を離れ、暴走の兆しを見せる銀色の竜巻。
天を衝くその破壊の余波が、ゼクスたちの方にも牙を剥く。
(ごめん、美月。また……傷つけてしまった……)
「がっ……はっ……」
限界だった。
四倍強化で砕けた両足、背中に突き刺さった氷の刃、そして禁忌術式による魔力の完全枯渇。
膝の折れる音が静寂に響き、ゼクスの体が崩れ落ちようとしたその時――。
「――っ! ゼクスさん!!」
意識を取り戻したばかりの美月が、なりふり構わず地を這い、彼の体を抱き留めた。
重なり合う体温。混じり合う鮮血。
「……嘘。……なんで、こんな……どうして……っ!」
薄れゆく意識の淵で、ゼクスは霞む視界の中に美月の泣き顔を見た。頬に触れる、ひどく懐かしくて温かな感触。
「……『ヒール』! お願い、嫌……死なないで……! お願いだから!!」
聖女としての、剥き出しの祈りが込められた強力な治癒魔術が、ゼクスのボロボロの肉体に流れ込む。砕けた骨が繋がり、焼けるような痛みが引いていく。
だが、肉体が癒えても、失われた魔力までは戻らない。
「どうして!? どうして、こんなにボロボロになってまで……っ!」
美月は震える手で、彼の肩を、頬を、必死に問いかけるように揺さぶった。
私にはエドワードという高貴な婚約者がいて、あなたにはセシルという「決まった相手」がいるはずのゼクスが。なぜ、一人の聖女のために、これほどまでに無残に命を削れるのか。
「息子の幼馴染だから」という、あの言葉だけでは到底説明のつかない、狂気じみた献身。
「……どうして、……どうしてここまでして、私を助けてくれるんですか? 私なんかのために、命をかけるような理由なんて……っ」
美月の瞳から大粒の涙が溢れ、ゼクスの頬を濡らす。
消え行く意識の中、真っ白になった頭の中に、愛する人の声が、魂を揺さぶる震えとなって響いてくる。(⋯⋯そんなの、当たり前じゃないか⋯⋯)ゼクスは、最後の力を振り絞り、微かに唇を動かした。
「……美月が……何よりも……大事だから……」
その言葉を放つと同時に、ゼクスの瞳から光が消えた。
意識を繋ぎ止めていた最期の糸が切れ、彼は深い闇へと沈んでいった。
「――ぁ……」
美月の息が止まる。
その言葉。その、聞き覚えのある「音」が、彼女の記憶の奥底に眠る忌まわしくも愛おしい扉を、力任せに抉じ開けた。脳裏をよぎるのは、アスファルトの焼ける匂いと、耳を劈くブレーキ音。そして、視界を赤く染めた、あの日、あの時の絶望。
――あの日。
周りを見ず、涼翔の方を嬉しそうに振り返りながら歩いていた横断歩道。
信号無視をして突っ込んでくる車。死の影。
『危ないっ……!』
必死の形相で叫びながら、私を突き飛ばした彼。
急ブレーキの音。間に合わず、鈍い衝撃と共に宙を舞う、彼の体。
泣き叫びながら駆け寄った。血塗れの、朦朧とする意識の中で、なんで!?と問いかける私に彼が投げかけた言葉。
『……美月が……何よりも……大事だから……』
あの時と、同じ。
指先の震えも。声の揺らぎも。自分を差し置いて、私の無事だけを願うその「狂った愛」の形も。
彼はあの日、やっと手に入れた中学生活最後の、全国大会への切符を、私のために、永遠に手放したのだ。
「涼翔のお父さんって、言ったのに……っ!!」
美月の絶叫が、夜の森を切り裂いた。
「どうして!? なんで嘘をついたの!? 嘘だったら……なんで、そんな酷い嘘を……! ずっと、ずっと探してたのに! 私を一人にして、どんな顔をしてそんな……っ!」
答えることのできない彼に、美月は激情を浴びせ続けた。
悲しみ、怒り、安堵、そして裏切られたという絶望。その叫びは、救いへの感謝などではなく、自分を置いて逝こうとした「愛する亡者」への痛烈な告発だった。
やがて、遠くから馬蹄の音と、松明の明かりが近づいてくる。
エドワード、ヴォルフガング、そして団員たち。
エドワードの傷は、すでに塞がっている。きっと、セシルが死に物狂いで治したのだろう。あの「銀色の竜巻」を見た彼女は、今頃、安堵と、そして自分が行けない悔しさで泣き崩れているに違いない。
――セシルさんは、本当のことを知っているの?
美月は、気を失ったままのゼクスを抱きしめたまま、近づいてくる光を見つめた。
彼が「涼翔」であることを。彼が私を救うために、この世界で自分を偽り続けていることを。
セシルさんに尽くされているその身体で、彼は私のために死にかけた。その瞳には、聖女としての慈愛ではなく、奪われた「半身」を取り戻そうとする、暗く底知れない女の独占欲が灯っていた。
(ねえ、教えて。セシルさん。……あなたは、彼の何を、どこまで知っているの?)
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
……言葉になりません。
ゼクスが必死に守り通そうとした「涼翔ではない自分」という嘘が、最も守りたかった人への愛の言葉によって暴かれる。これ以上の皮肉があるでしょうか。
前世で全国大会の切符と引き換えに美月を救った涼翔。
今世で自分の肉体とセシルの魔力を使い潰して美月を救ったゼクス。
その本質は、15年経っても、世界が変わっても、何一つ変わっていませんでした。
しかし、真実を知った美月はもはや、ただ守られるだけの聖女ではありません。
ゼクスがセシルという少女に尽くされ、支えられてきた事実。
その彼を抱きしめながら、遠くから近づく救助の光を見つめる彼女の視線は、もはや「再会の喜び」を超えた、底知れない独占欲に支配されています。
「セシルさん、あなたは彼の何を、どこまで知っているの?」
ここから、美月とセシルの、一人の男を巡る凄惨な「愛の奪い合い」が幕を開けます。
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