表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/42

ボロボロの背中、突き立つ氷刃。銀色の嵐の中で、美月が目にした「嘘つきな守護者」の真実。

「――『グラン・テンペスト』」

 

 美月を盾にし、嘲笑う敵。

 ボロボロの肉体で彼女を抱き寄せ、すべての魔術をその背で受け止めたゼクスは、ついに禁忌の術式を紡ぐ。

 

 夜の森を白銀に染め上げる、圧倒的な「真空の竜巻」。

 それは帝国の精鋭たちを、その存在ごとこの世から抹消する天災の顕現。

 

 だが、その絶大な魔術の余波が、眠っていたはずの「彼女」を揺り起こしてしまう。

 霞む視界の中で美月が見たのは、血を流し、それでも自分を守り抜こうとする少年の、痛々しい後ろ姿だった──。

「……こうすれば、どうなるかなぁ?」


 指揮官の男は、獲物をいたぶる蛇のような不敵な笑みを浮かべ、美月の傍らから飛び退いた。

「『ヘイルストーム』!!」


 直後、視界のすべてが白銀に塗り潰された。

 超高速で回転する無数の氷の刃。それは逃げ場のない極低温の暴風となり、無防備に横たわる美月を切り刻まんと放たれた。


「……っ! 外道が……ッ!!」


 この距離では、通常の魔術相殺は間に合わない。

(フィジカルアップ――四倍……!!)


 刹那、ゼクスの姿がその場から消失した。

 爆音と共に氷の礫が着弾した場所には、誰もいない。

 数メートル離れた地点。ゼクスは美月をその腕で抱き寄せ、喉の奥で押し殺した苦痛の声を漏らしていた。無理な加速の代償は、瞬時に彼の肉体を蝕む。


 両足の骨は砕け、足の筋肉に無理やり魔力を込めて固定しなければ立つことすら叶わない。その背中や肩には、彼女を庇いきれなかった無数の氷の刃が深く突き刺さり、どす黒い鮮血が垂れ落ちる。


「出さなかったんじゃなくて……出せなかったんだなぁ……ッ! ひゃはは! ボロボロじゃねぇか!」

 指揮官はその「神速」の正体を見抜き、狂ったように笑い声を上げた。

 ゼクスは、砕けた両足が悲鳴を上げるのを無視し、腕の中の美月を、抉れた大地のわずかな窪みへと、壊れ物を扱うような手つきで静かに横たえた。


「……(弟よ。聞こえるか)」

 敵幹部は地を這い、背後を向けたゼクスに悟られぬよう、喉の奥で微かな振動を震わせた。魔術による指向性の通信――空気を媒介させない『骨伝導』に近い暗号通信だ。


「(……奴の底が知れねえ。むざむざ負けるつもりはねえが、万が一のためだ。……奴の『加速』の弱点を報告しに行け。奴の風が届かねえこの距離なら、伝令の気配は悟られねえ……!)」


 自分の背中が、逃げ場のない魔術の標的になることも厭わず、最期の別れを告げるかのように、その額に一瞬だけ、震える指先を触れさせた。その指先に残った熱だけが、自分が「涼翔」であることを証明する唯一の絆であるかのように。

「騎士様ごっこなんかするからそうなるんだよ! お前はここで死に、聖女は我らのものだ! やっちまえ!!」


 再び放たれる『ヘイルストーム』。呼応するように、残りの四人も死力を尽くした攻撃魔術を連射する。


 銀世界に紛れるようにして、一筋の影が戦場から離脱していく。

 ゼクスは、その微かな「影の離脱」に気づかなかった。

 彼のウィンドセンスは、あくまで「風が届く範囲」の支配。広がりすぎた間合いの外側で、何が起きたのか。

 最強の男が、初めて「感知の限界」を晒した瞬間。


 対するゼクスは、一歩も動かない。

 だが――美月は今、自分のところにいる。盾となる自分の体と、彼女の間に生まれたわずかな隙間。そこへ滴り落ちたゼクスの鮮血が、意識のない美月の頬に、呪いのような一筋の赤い線を刻んだ。


「ひゃはは! 蜂の巣だ! 跡形もなく消えちまえッ!!」

 指揮官の狂喜した叫びが夜の森に響き渡る。

 しかし、ゼクスの瞳から光が消え、底知れぬ漆黒の殺意が溢れ出した。


「……美月を汚したその体。一欠片の肉も、一片の記憶も、この世界に残さず消し去ってやる」


 (……あの家にあった、古びた本。あの中に記されていた……これなら、全てを消せる)

 王都に着いてすぐ、ハンスが借りた家。あそこに無造作に散らばっていた難解な魔術書の一節が、今、ゼクスの脳裏に鮮明に蘇る。ハンスがなぜあんな物を持っていたのかなど、今のゼクスにはどうでもよかった。ただ、目の前のゴミ共を消し去る力が欲しかった。ゼクスの唇が、太古の、今や誰も扱うことができないとされていた禁忌の術式を紡ぐ。

「――『グラン・テンペスト』」


 その言葉と共に、湿った森の空気が一瞬にして凝固した。

 直後。

 ――ドォォォォォォンッ!!


 轟音と共に、ゼクスの前方。敵の五人を飲み込むように、天を突くほど巨大な、白銀に輝く「真空の竜巻」が出現した。

 数キロ先、野営地のヴォルフガングたちからも、国境を越えた帝国領からもはっきりと視認できる銀色の柱。それはもはや魔術の範疇を超えていた。神の怒りが具現化したかのような、圧倒的な「天災」そのものだった。


 銀色の暴風は、周囲の巨木をマッチ棒のように薙ぎ倒し、大地を抉り、夜空の雲さえも渦巻かせながら、帝国の精鋭達と師団長の肉体を、塵一つ残さず磨り潰していった。絶叫をあげる暇さえ与えず、五人の存在そのものを、因果律ごとこの世から削り取るような圧倒的な消失。

 戦慄するほどの圧倒的な質量を持った風が、数キロ離れた野営地まで届く。


 ゼクスが完璧に制御したはずのその暴風は、しかし前方へ放たれた絶大な圧力の反動として、背後の「聖域」へと、予期せぬ衝撃波を呼び込んでしまった。


 ――びゅうぅぅぅぅぅッ!!


 抉られた大地を駆け抜けた余波が、気を失っていた美月の全身を、乱暴に叩きつける。

 泥に汚れた彼女の服が激しくはためき、白く透き通るような肌に、冷酷な風の刃がいくつもの微細な傷を刻んでいく。


「……ぅ……ん……」


 そのあまりに強烈な風の刺激に、美月の意識が、無情にも闇の底から引きずり戻された。

 ゆっくりと、重い瞼が開かれる。

 霞む視界の中で、彼女が最初に目にしたのは。


 全身からどす黒い魔力を放ち、背中に氷の刃が無数に突き立ち、赤黒く変色した足で、それでもなお、彼女を守るように立ち尽くす白銀の少年の、痛々しい後ろ姿だった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


……凄まじい威力でした。家にあったという魔術書、そしてゼクスの怒りが混ざり合った『グラン・テンペスト』。五人の精鋭を絶叫すら許さず塵に変えるその描写に、ゼクスの「美月を汚されたことへの怒り」の深さが現れています。


しかし、一人の伝令がその風の支配を逃れて離脱したこと。そして、何より美月が目覚めてしまったこと。

「涼翔の父」として彼女を突き放し、もう二度と関わらないようにと願ったゼクスの嘘が、このあまりにも凄惨で献身的な背中を見られたことで、音を立てて崩れ去ろうとしています。


背中に氷の刃を突き立てたまま立ち尽くすゼクス。

その背中を見た美月が、何を思い、どんな言葉をかけるのか。

そして、逃げ延びた伝令がもたらす「ゼクスの弱点」という火種が、今後の展開にどう影を落とすのか。


運命が大きくうねり始める第35話。

ぜひ【評価】や【ブックマーク】で、ボロボロのゼクスにエールを送ってください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ