連れ去られた聖女。最愛の人を奪われた少年は、自身の肉体を燃焼させ、死地へと這い進む。
「……美月様は、どこに……?」
戦場に響いた轟音。
エドワードたちが手も足も出なかった帝国の精鋭を、わずか7秒で「屠殺」した少年の姿。
奪われた美月を取り戻すため、ゼクスは再び地を蹴る。
だが、その速度は先ほどまでの神速とは程遠い、重苦しいものだった。
エドワードが知る、少年の「異常」の正体。
壊れる肉体を無理やり繋ぎ止める、セシルの悲痛な献身。
愛する一人のためにすべてを投げ打つ、狂気じみた亡者の背中を見届けよ。
森の奥、本隊が陣取っていた一角は、すでに生ける者の領域ではなくなっていた。
巨木はなぎ倒され、視界を塞ぐのはガラルド帝国の隠密魔導部隊が放った、魔力を喰らう不気味な黒煙。
「……ぁ……っ、う……」
膝をついた美月の視界は、絶望と恐怖で滲んでいた。
必死に抗った。エレノアとの模擬戦で五分に渡り合えるまでになった今の自分なら、守り抜けるはずだった。だが、目の前の敵は、その「エレノア級」の化け物が揃った精鋭集団。
美月の抵抗も虚しく、放たれた『アイスロック』がその腹部を正確に捉え、彼女の意識は無情にも闇へと沈んだ。
「美月――ッ!!」
エドワードの絶叫が響くが、届かない。
肩を深く斬られた王子の前で、団員たちは一人、また一人と『アースニードル』に足を貫かれ、『サンダージャベリン』の猛威に焼かれて倒れていく。
「王子は殺せ! 聖女は連れて行くぞ!」
非情な号令。美月の身体が乱暴に抱え上げられ、森の奥へと消えていく。
追おうとするエドワードの目の前に、死の魔術が迫る。絶望が王子の瞳を塗りつぶし、愛する者の名を呼んで死を覚悟した――その刹那だった。
――ドォォォォォォンッ!!
大気を爆砕する轟音。
放射状に弾け飛んだ木々が盾となり、迫り来る魔術を粉砕した。
土煙を切り裂いて現れた「それ」は、獣のような悲痛な咆哮を上げながら、戦場を蹂躙し始めた。
一秒。帝国兵の首が空を舞う。
二秒。心臓を貫かれた兵士が声もなく崩れる。
三秒、四秒――。
わずか七秒。エドワードたちが手も足も出なかった帝国の精鋭たちは、物言わぬ骸へと変わり果てていた。その光景は「戦闘」などではなく、ただ一方的な「屠殺」だった。
収まった土煙の中心に立っていたのは、全身から煮え立つような蒸気を放ち、左腕で一人の少女を抱えた白銀の少年だった。
「大丈夫ですか!?」
ゼクスの左腕から飛び出したセシルが、すぐさまエドワードに駆け寄り『ヒール』を施す。その肌は透けるほどに白くなり、額からは異常なほどの汗が滴り落ちていた。
「美月様は、どこに……?」
ゼクスの声は、低く、冷たく、そして震えていた。
エドワードは苦渋に満ちた表情で首を振る。
「すまない……連れていかれた……っ!」
その言葉が終わる前に、ゼクスは『ウィンドセンス』を展開した。
周囲数キロの情報を脳内へ叩き込む。見つけた。五人と、抱きかかえられた一人。高速で国境へ向かう集団。
「セシル。ここの人たちは、治癒できそうか……?」
「なんとか……できると思う。でも、スーちゃん、一人で行く気!?」
「もちろん、そのつもりだ」
「ダメだよ! スーちゃんにもしものことがあったら、私……っ!」
セシルの制止を、ゼクスの瞳が拒絶した。
「それでも、行かなきゃいけないんだ」
その瞳には、目の前の幼馴染さえ映っていない。遠く、奪われた「何か」だけを見据える虚ろな決意。あまりに純粋で狂気じみた眼光に、セシルは唇を噛んで俯く。その瞳には、目の前のエドワード王子も、治療を待つ団員たちも、誰一人として映っていない。ただ一点、連れ去られた「美月」という執着だけが、彼の魂を焼き焦がしていた。横からエドワードが「美月を、よろしく頼む」と、血を吐くような思いで言葉を絞り出した。この少年の「異常な」強さなら。
「必ず、救い出してきます」
ゼクスは短く告げると、地を蹴った。
だが。その跳躍は、ここへ現れた時の神速とは程遠い、どこか重苦しい速度だった。
「……? どうして彼は、来た時の速度を出さないんだ?」
エドワードの問いに、無心で治療を続けるセシルが、絞り出すような声で答えた。
「……あれは、身体を動かすたびに、骨が折れて筋肉が断裂するから……」
悲痛な表情で語るセシルの言葉に、エドワードは戦慄した。
あの神速は、己の肉体を「代償」として燃焼させていたのか。セシルが魔力枯渇寸前なのは、加速のたびに壊れるゼクスの身体を、その場で繋ぎ止め続けていたからだったのだ。一歩進むたびに砕ける骨を、彼女の魔力が無理やり繋ぎ合わせ、一振りごとに裂ける筋肉を、彼女の祈りが縫い合わせる。
「なんてことを……私は、なんてことを頼んでしまったんだ……!」
その歩みは、救済者のそれではなく、地獄から這い上がってきた亡者の執念そのものだった。
その背中を見送るエドワードの心には、感謝と共に、言いようのない「正体の知れない畏怖」が刻まれていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
……凄まじい「愛」の形でした。
ゼクスが放つ「7秒間の蹂躙」。それは格好いいヒーローの姿ではなく、一歩進むたびに肉体が自壊し、それをセシルの魔法で無理やり繋ぎ合わせるという、グロテスクなまでの執念でした。
「美月をよろしく」と頼まざるを得なかったエドワードの敗北感。
そして、ゼクスの瞳に自分すら映っていないことを知りながら、彼の身体を修復し続けるセシルの「絶望的な献身」。
ゼクスは、セシルを、そして自分自身を「燃料」にして、美月の元へと突き進んでいます。
この無理やり繋ぎ止められた肉体が、国境付近の激戦地でいつまで持つのか。
そして、追いついた先に待つ「美月」を、ゼクスはどんな顔で迎えるのか。
物語は最大級の緊張感を孕んで加速します。
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