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美月の悲鳴。エレノアの制止を振り切り、ゼクスはセシルを抱いて「死地」へと跳んだ。

「……胃袋を掴むのは基本でしょ?」

 

 拠点に流れる、平和で少し騒がしい夕食の準備。

 セシルの献身と、ゼクスの純粋な感謝。

 

 そんな「ピクニック」のような時間は、太陽が沈むとともに、唐突な終焉を迎える。

 東の森から響いた、巨大な爆発音と聞き覚えのある悲鳴。

 

 「フィジカルアップ、四倍」

 

 エレノアの制止を振り切り、セシルを左腕に抱きかかえ、ゼクスは自らの身体を壊しながら「加速」する。

 その背中に宿る、純粋で鋭利な殺意の正体とは──。

翌日、予定通り大規模な演習が開始された。

 三学年は監督の団員と共に最前線へ投入され、二学年はそのフォローと帰還路の確保に奔走する。そして一学年の後方支援部隊は、拠点となる野営地の警備と、食事の準備を命じられていた。


 森の奥からは時折、魔獣の咆哮や爆発音が響いてくる。だが、拠点にいる一年生たちの間には、どこかピクニックのような弛緩した空気が流れていた。


「こら! 手を動かせ! 演習中だぞ!」

 見張りの団員から叱咤が飛ぶが、カイルやミリアたちは苦笑いしながら鍋をかき混ぜる。

「だって、あんな凄い先輩たちが大勢行ってるんだぜ? ここまで敵が来るわけないって」


 そんな中、セシルの手つきは鮮やかだった。

「わあ、セシルって料理上手なのね。意外だわ」

 ミリアが感心したように覗き込むと、セシルは胸を張って答えた。

「ふふん、毎日スーちゃんに作ってあげてるから! 胃袋を掴むのは基本でしょ?」

「はいはい、隙あらばすぐイチャつこうとするんだから」

「だって、小さい時からずっと大好きなんだもん。尽くすのは当たり前だよ!」

「はいわかった! ご馳走様!」


 ミリアに呆れ顔で制止され、セシルは満足げに笑う。そんな二人を見ながら、カイルが隣のゼクスを肘で突いた。

「おいゼクス、あんな可愛い子にそこまで言わせて、羨ましいぜ。お前も何か言ったらどうなんだよ」

「ああ……。俺には勿体ないくらい可愛くて、料理もできて。……いつも感謝してるよ」


 ゼクスは本心から答えた。それは恋人としての愛の言葉ではなく、自分という空っぽな男の世話を焼いてくれる少女への、純粋な敬意だった。だが、周囲には火に油を注ぐ「特大の惚気」にしか聞こえない。セシルも嬉しそうにゼクスを見つめている。


「……こいつもこいつで、ナチュラルにイチャつきやがって。お前ら、早く結婚しろ!」

「いや、イチャつくつもりはないんだが……」

「なおさら、たちが悪いわ!」

 カイルのツッコミと周囲の笑い声。そして「何度言えばわかるんだ!」と再び団員に厳しく注意される。

 そんな呑気な雰囲気が流れ、ようやく夕食の準備が終わる。だが、その平和な時間は、太陽が西の稜線に沈み始めた瞬間に、唐突な終焉を迎えた。


 今日の討伐を終え、疲弊した二学年や三学年の部隊が、拠点へ戻り始めたその時だった。


 ――ゾクッ、とした。

 ゼクスの背筋に、氷柱を叩きつけられたような悪寒が走る。

 前方――エドワード王子と聖女・美月がいるはずの本隊の方角から、肌を刺すような「魔力の歪み」が伝わってきた。


「……東の方角、全員警戒しろ!!」


 ゼクスの咆哮が、弛緩していた野営地を切り裂いた。

 数秒の静寂。直後、東の森の奥で巨大な爆発音が轟き、真っ赤な炎が夜空を焦がした。金属がぶつかり合う音、そして聞き覚えのあるような悲鳴が風に乗って届く。


「……敵襲!? 全員、直ちに戦闘配置につけッ!!」

 最高指揮官であるヴォルフガングの怒号が響き渡り、野営地は一瞬で戦場へと変貌した。


「セシル、すまないが一緒に行ってもらえないか? 王子たちが心配だ。ヒールを頼めないか?」

「えっ……あ、あっちに行くの!? 危険だよ、スーちゃん! それにあれは……スーちゃんも苦しそうだし、嫌だよ……」

 セシルは本能的に拒絶しようとした。彼女は知っている。ゼクスがその「異常な力」を使うとき、その身体がどれほどの苦痛に苛まれるかを。


「それでも、行かなきゃいけないんだ」

 震えるセシルの瞳を見つめ、ゼクスは静かに、だが鋼のように硬い意志を告げた。

(あ……この人は、私が断っても一人で行く。……なら、離れるわけにはいかない)

「……わかった。離さないでね」

 セシルが覚悟を決め、ゼクスに強くしがみついた。


「待って、ゼクス! 敵がどんなやつかわからないのよ! 戻りなさい!」

 エレノアの制止の声が響く。だが、ゼクスはそれを一瞥だにせず、左腕でセシルの身体を力強く抱きかかえた。捕まらせるだけでは、この後の衝撃に彼女の身体が耐えられないことを知っていたからだ。


「――フィジカルアップ、四倍」


 呟きと共に、ゼクスの全身を壮絶な激痛が貫いた。血管が浮き上がり、眼球の裏側まで熱を帯びる。己の限界を強制的に踏み越える対価として、神経が焼き切れるような絶叫をあげる。だが、その苦痛さえも、彼は「目的」のための燃料とした。


 ――ドォォンッ!!


 大気が爆ぜるような音と共に、ゼクスの姿がかき消える。

 骨が軋み、細かなヒビが入る。筋肉が自らの出力に耐えきれず、断裂を引き起こす。何度も訪れる激痛。常人なら発狂しかねない苦痛を、ゼクスは鉄の意志でねじ伏せ、地面を爆発的に踏み抜いた。

「……なんだ、あの速度は……!?」

 周囲の生徒や団員たちが騒然とする中、最高指揮官のヴォルフガングだけが、その背中を凝視して驚愕に震えていた。


「……あれが、彼の『本気』だというのか……?」


 一学年の少年が放つ、場にそぐわないほど純粋で鋭利な「殺意」。

 折れた骨が皮膚の内側で刺さるような痛みを無視し、ゼクスは稲妻となって燃える森へと消えていった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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