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最高権威からの勧誘と、微笑ましい誤解。周囲が「公認」するほど、俺の退路は断たれていく

「出発ッ!!」

 

 王子の号令とともに始まった、大規模な合同遠征。

 最前列を歩くのは、正解の未来を体現する王子と聖女の背中。

 

 かつての自分を殺し、嘘という名の引導を渡したゼクスは、一度もこちらを振り返らない彼女の後ろ姿を、ただ影の中から見つめ続ける。

 

 一方で、最高権威・エレノアからの再度の勧誘。

 周囲に広がる「仲の良い恋人同士」という名の残酷な誤解。

 

 代償として、ゼクスの周囲にはセシルという名の甘い檻が、着実にその形を成していく──。

 応接室での「冒涜的な告白」から数刻。

 学院の中庭には、一学年から三学年までの全生徒、および引率の講師、魔術師団員、騎士団員合わせて数百名が整列していた。重厚な鎧の擦れる音と馬のいななき、そして若者特有の緊張感が、先ほどまでの湿り気を帯びた空気を塗り替えていく。


 その喧騒の中、ゼクスは鋭い視線を感じて顔を上げた。

 視線の先には、この国の双璧とも呼べる実力者――ヴォルフガングとエレノアの姿があった。今回の遠征において、万が一の際の最高指揮権を持つのは彼らだという。

 エレノアはゼクスの方をちらりと見ると、すべてを見透かしたような、あるいは呆れたような溜息を吐き、視線を切った。その仕草だけで、彼女がゼクスの「底知れなさ」を依然として注視していることが伝わってくる。その瞳には、一学年の少年に向けるものとは思えない、深淵を覗き込むような鋭利な観察眼が宿っている。隣に立つヴォルフガングもまた、無言のまま、その威圧的な体躯から放たれる闘気をゼクスへと集中させていた。


「……大丈夫? スーちゃん。顔色が悪いよ?」

 隣には、影のようにセシルが寄り添っている。彼女はゼクスの腕を解放したものの、その視線は片時も彼から離れない。先ほどの嘘を特等席で聞いた彼女の瞳には、どこか吹っ切れたような、それでいて執着の混じった深い粘り気が灯っていた。


「……ああ、大丈夫だ。ちょっとさっきのが堪えただけだ」

 ゼクスは、自分の声が遠くの誰かのもののように聞こえた。

 前世の自分を殺し、父親の名を騙ってまで守った「美月の幸せ」。その代償として、俺はもう二度と、彼女と対等な視線で笑い合うことはできない。その剥き出しの喪失感が、一歩踏み出すたびに足取りを鉛のように重くさせていた。


「出発ッ!!」


 エドワード王子の鋭い号令が響き渡る。

 最前列で白馬に跨るエドワードと、その隣で静かに馬を駆る聖女・ミヅキ。二人の背中は、後方から見れば完璧な「王家と聖女」の写し鏡だ。行軍が始まってから、美月が一度もこちらを振り返らない。それはゼクスのついた嘘が、彼女の心に決定的な楔を打ち込んだ証拠だった。陽光を浴びて輝く二人の後ろ姿は、残酷なほどに「正解の未来」を体現しており、その後ろを歩くゼクスの影を、道端の石ころのように無価値に塗り潰していく。


 行軍は東へと進む。

 目指すは東の軍事大国・ガラルド帝国との国境に広がる広大な森。

 そこは、ゼクスのルーツでもあるベルンシュタイン村にもほど近いエリアだった。


 予定では二日間の行軍。ちょうど半分程のエリアで野営の準備をする。

 二、三年は周囲の警戒がてら偵察を。一学年の後方支援部隊に配属されたゼクスは、慣れた手つきで重い杭を打ち込み、天幕を張る下働きに従事している。すると周囲から奇妙なものを見るような、どよめきが起こった。


「君みたいな子が、下働きのように設営だなんて。……なんともまあ、奇妙な光景だこと」


 背後から響いた艶やかな声。振り向くと、エレノアが腕を組み、面白そうにゼクスを見下ろしていた。


「卒業したら、必ずセシルさんと共に我が魔術師団へ来なさいね。『セシルさんと一緒』なら文句ないでしょ?」


 最高権威からの改めての勧誘。その言葉に、周囲の生徒や騎士たちは「あの噂は本当だったのか」と騒然となった。

「ありがとうございます」

 ゼクスが淡々と答えると、周りからは「よっぽどセシルのことが好きなんだな」「彼女と離れたくないから後方支援にいるのか」という、場違いなほど温かな、そして皮肉な誤解が漏れ出していた。


「えへへ、スーちゃん。聞いた? エレノア様もああ仰ってるよ」

 嬉しさを抑えきれないセシルが、ゼクスの腕にぎゅっと抱きつく。その腕の力は、ゼクスの肌に自身の存在を刻み込むような執拗さを帯びていた。周囲の微笑ましい視線という名の「檻」が、ゼクスの退路を一段ずつ、確実に塞いでいく。

「こら、ちゃんと仕事しないと……!」

「はーい!」

 じゃれあう二人の姿を、周囲は「どこまでも仲のいい恋人同士」として微笑ましく見守っていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


あえて「父親」を演じ、美月に前を向かせたゼクス。

その結果として、美月が一度も振り返らずに馬を駆る姿は、彼にとっての「救い」であると同時に、耐え難い「喪失」でもありました。光り輝く二人の背中と、泥にまみれて杭を打つゼクスの対比が、彼の現在の立ち位置を残酷に示しています。


また、エレノアや周囲の人間が、セシルとゼクスを「離れられない恋人同士」として固定化していく流れ……。

ゼクスが自分の意志で選んだはずの嘘が、セシルにとってはこれ以上ない「勝利の確定」へと繋がっていく皮肉。


愛する人を救うために吐いた嘘が、自分を別の運命へと縛り付けていく。

この歪な「平穏」が、国境付近の戦地でどのように揺れ動くのか。

ぜひ【評価】や【ブックマーク】で、ゼクスの孤独な戦いを支えていただければ幸いです。

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