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空っぽの心に滑り込む毒。――幼馴染は、俺が過去を殺すのを待っていた

「……スーちゃん。……バカなの?」

 

 家に帰るなり突きつけられた、セシルの冷ややかな正論。

 俺の不器用な嘘。右下を見る癖。

 

 15年かけて積み上げた最強の力も、彼女の前ではただの「バレバレな隠し事」に成り下がる。

 

 美月の幸せのために、俺は俺を殺すと決めた。

 目標を失い、空っぽになった俺を抱きしめたのは、6年間ずっと隣にいた少女だった。

 

「……好きだよ。私は、ずっとスーちゃんのことが大好き」

 

 その言葉は、救いか。それとも、二度と過去へは戻れないようにするための呪いか。

 俺は、彼女の甘い体温の中に、自分を沈めていく。

 パタン、と背後で玄関の扉が閉まった。その乾いた残響が、外界との境界線を引く断絶の合図のように響く。


 途端に、セシルはゼクスの腕をパッと離した。そこにいたのは、つい数分前まで校門で「献身的な幼馴染」を演じていた可憐な少女ではない。冷ややかな、それでいてどこか呆れた視線で「愚かな教え子」を見下ろす、冷徹な監視者の姿だった。


「……スーちゃん。……バカなの?」


 抗う気力もなくソファに崩れ落ちたゼクスを、セシルは逃がさないように正面から見据える。

「……何がだよ」

「何がじゃないよ! ミヅキ様はまだ『確認したいことがある』って言っただけなのに、自分から『剣は独学だ』なんて……。わざわざ正体のヒントを差し出すなんて、『私は隠し事をしています』って自己紹介してるようなものじゃないかな?」


 セシルは腰に手を当て、厳しい口調で指差した。だが、その瞳の奥には、怒りよりも深い、何かを計るような光が宿っていた。

「スーちゃん。……スーちゃんは、あの人を黙って祝福するつもりなんだよね……?」


「……ああ……。きっと、そのほうが美月は幸せだから。彼女には、あんなに立派な婚約者がいるんだ。それに発表されてしまった以上、この国で聖女としてあり続けるなら、婚約をなかったことにはできないだろう」


 絞り出すような声だった。ゼクスは膝の上で拳を握りしめ、爪が食い込むほどの力で震えていた。15年間、ただ彼女に会うためだけに積み上げてきた執念のすべてを、自らの嘘で葬り去る覚悟。その痛々しい自虐を、セシルは黙って見つめていた。


「スーちゃん……」


 不意に、柔らかな温もりがゼクスを包み込んだ。

 セシルが正面から、折れそうなほど細い体でゼクスを強く抱きしめてきたのだ。鼻腔をくすぐる、彼女特有の甘く優しい石鹸の匂い。その体温が、絶望で冷え切ったゼクスの五感を容赦なく刺激する。


「スーちゃんはまだ、ミヅキ様のこと……好きなんだよね?」


「……ああ。そう、だな。嫌いになれるわけがない」

 

 分かっていた答え。分かっていたとはいえ、セシルの表情が一瞬だけ曇る。けれど、すぐにその影を消し去り、彼女はゆっくりと顔を上げた。

「スーちゃんは、自分が思っている以上に嘘をつくのが下手だよ。村にいたときも、大人たちに隠し事をするとき、いっつも右下の方を見て言葉を探すように喋ってた。スーちゃん、ミヅキ様の前でも今日、全く同じことしてたよ?」


 言われて、古い記憶が脳裏を掠める。

 前世でもそうだった。美月に嘘をついても、すぐに見破られた。『涼翔って分かりやすすぎだよ』と笑いながら、頭を撫でてくれた彼女の感触。

「……そういうところ、可愛いって思っちゃうけど。でも、昔っからそうなら……もう、疑われてると思うよ?」


 首をかしげながらも、すべてを確信しているという表情で真っ直ぐにゼクスを射抜くセシル。

「セシルは俺のこと……俺以上に分かってるんだな……」

 戦慄に近いその言葉に、セシルは至近距離で、潤んだ水色の瞳でゼクスを見つめ続ける。

「当たり前だよ。……スーちゃんのこと、ずっと見てたんだから」


 その瞳には、言葉以上の重みが宿っていた。まるで愛を告白されたかのような錯覚に陥る。

 村にいた頃、自分たちは浮いた存在同士、ただ助け合っているだけだと思っていた。恩返しのために付いてきているのだと、自分に都合よく解釈していた。だが、王都に来てからの彼女の献身は、明らかに一線を越えていた。思わせぶりな言葉を投げかけ、友人にからかわれても否定するどころか、嬉々として火に油を注いでいた彼女の姿が、今更ながらに意味を成していく。


「セシルは……もしかして俺のことが、好きなのか?」

 自分でも傲慢だと思うその問いが、制御を失って漏れ出る。


 セシルが目を見開き、そして意を決したように口を開いた。

「……好きだよ。私は、6年前から、ずっとスーちゃんのことが大好き。……スーちゃんは、私の気持ちに本気で気づいてなかったの?」


 震える声。6年前、あの日から彼女は常に隣にいた。ゼクスが孤独に剣を振り、過酷な訓練に身を投じる横で、彼女もまた、置いていかれないように必死で魔術を、治癒を、そして「女」としての居場所を磨き続けてきたのだ。


「女の子がね、好きでもない男の子のお世話をして、毎日ご飯を作って、『一緒に住みたい』なんて言うと思う? ……毎日引っついて、抱きついて、隣で寝て……」


 畳みかけるような言葉の刃が、ゼクスの鈍感な心を切り裂いていく。


「……そうだよな。普通に考えたら、そうだよな。俺、自分のことと、美月のことしか考えてなくて……。セシルの気持ちを、ずっと置いてきぼりにしてた。……ごめん」


「ううん。いいの。応援するって、探すの手伝うって言ったのは私なんだし……。このまま見つからなかったらいいのにって、ちょっと思っちゃってたけど。スーちゃんの幸せのためなら、なんでもするって思ってたから」


 セシルは寂しげに微笑み、ゼクスの頬にそっと手を添えた。


「でも、あの時……スーちゃんは、ずっと探していたミヅキ様に嘘をついた。それは彼女の幸せのためだよね? ……だったら。空っぽになっちゃったスーちゃんのことは、私が幸せにしてあげたいなって思ったの」


 15年間の目標を自ら断ち切り、ぽっかりと空いた心の穴。その隙間に、セシルの執念に近い愛情が、心地よくも逃れられない「あたたかな泥」のように滑り込んでくる。それは救済のふりをした甘い監禁であり、ゼクスが二度と過去を振り返らないようにするための、優しく残酷な呪いでもあった。


「だから、これからは私のことも、少しは考えてね?」


 懇願するような瞳。けれどそれでいて答えを今すぐ求めない言葉に、ゼクスは少しだけ安堵した。その「安堵」こそが、セシルの計算通りに彼が彼女の檻に一歩踏み出した証拠だということに、彼はまだ気づいていない。

「……セシル。ありがとう……」


 ゼクスには、それしか返せなかった。

 「じゃあ、晩御飯の準備するね」とはにかんだ笑顔を見せ、鼻歌を歌いながら台所へ向かう彼女。その背中を、ゼクスはただ黙って眺めていた。


 救われたのか、それとも別の何かに捕らわれたのか。

 夕闇の迫る部屋で、ゼクスは初めて、美月ではない別の少女の残り香を、自身の肺の奥深くまで吸い込んだ。



第26話をお読みいただきありがとうございます。


ついにセシルが想いを爆発させました!

「女の子が、好きでもない男の子のお世話を毎日すると思う?」という、全読者が「ですよねー!」と突っ込みたくなる正論。

鈍感すぎたゼクスも、これにはぐうの音も出ません。


ですが、セシルの愛はただの純愛ではありません。

ゼクスが美月を諦めた瞬間を狙い、その喪失感ごと彼を飲み込もうとする……。

「私のことも、少しは考えてね?」という控えめな台詞の裏に隠された、底知れない独占欲がたまりません。


歪み始めた三角関係の行方を、ぜひ【評価】や【ブックマーク】で見届けてください!

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