夕闇の密会。――聖女の決死の願いと、幼馴染の凍りつく独占欲
帝国では「天災」と恐れられ、王国内では「権力争いの火種」として狙われる。
そんな俺の預かり知らぬ場所で、世界は加速し始めていた。
入学から三ヶ月。
セシルとの偽りの平穏に、自分を騙し続けてきた。
けれど、夕暮れの校門。
真っ赤に染まった空の下で、彼女は待っていた。
「……ずっと、お話ししたかったんです」
エドワード殿下を裏切ってまで、俺を呼び止めた美月の瞳。
隣で俺の腕に爪を立て、静かに狂気を孕んでいくセシル。
もう、これ以上は逃げられない。
俺が十五年間隠し通してきた「嘘」の対価を、支払う時が来たんだ。
──幕間:ガラルド帝国・謁見の間──
「……『シャドウ・ハウンド』が全滅しただと? そんな馬鹿な話があって、たまるかッ!」
豪奢な装飾が施された机が、帝王の拳によって悲鳴を上げた。
「我が国の精鋭中の精鋭だぞ!? あの『十の影』を束ねるレックスすら、塵にされたというのか!」
報告に跪く密偵は、冷や汗を拭うことも許されず、震える声で言葉を継いだ。
「はっ……。生存した合流地点の部隊によれば、対象の男は、治癒術師の少女を片腕で抱き抱えたまま……わずか二秒足らずで、七人を屠ったとのこと。目視すら不可能な速度だったそうです」
「二秒だと……? 少女を抱いたまま、シャドウ・ハウンドを……」
帝王の顔から血の気が引いていく。それが事実なら、その男は軍隊ですらなく、ただ一人で国という概念を滅ぼしかねない。
「対策を立てよ! 早急にだ!」
「恐れながら、陛下……。報告が真実ならば、もはや対策の立てようがございません。あれは人の形をした『天災』です。……ここは、以前接触のあった王国第二王子ライオネルと協力し、第一王子のエドワードを暗殺。ライオネル殿下を傀儡として次期国王に据え、かの『化け物』とは友好関係を築くのが得策かと」
「……ぬぅ。あの治癒術師を手に入れられぬのは惜しいが、致し方あるまい」
「ご安心を。ライオネル殿下からの条件は、エドワード暗殺の見返りとしての『王国内への軍の手引き』。そして、エドワードの傍にいる聖女ミヅキの身柄を、我が国へ譲り渡すことです。彼にとっては目障りな義兄を消し、我らにとっては喉から手が出るほど欲しかった高位の治癒能力者を手に入れる好機です」
「……ふむ。暗殺と同時に聖女を誘拐か。早急に進めよ!」
「ははっ!」
---
──王立魔導学院・校門前──
季節が移ろい、王都に突き刺すような日差しが戻ってきた頃。
入学から三ヶ月という月日は、ゼクスにとって「薄氷を踏むような平隠」だった。
その間、ゼクスの隣には常にセシルがいた。
彼女は献身的、かつ徹底的にゼクスの身の回りを世話し、「ゼクスの隣はセシルの聖域」という不文律を、学院内に完全に定着させていた。
「スーちゃん、今日のお弁当は頑張って、村の味を再現してみたよ。はい、あーん」
「ちょ、セシル、みんな見てるから……」
クラスメイトのカイルやミリアに「またやってるよ、お熱いねぇ」と茶化され、たじたじになるゼクス。それを満足げに見つめるセシル。そんな光景が日常となり、ゼクスもまた、時折感じる美月からの視線を「気のせいだ」と言い聞かせ、偽りの平穏に身を委ね始めていた。
だが、そんな「作り上げられた幸福」を、かつての運命が冷酷に切り裂く。
放課後。
(……今日も、あの方に見られていたな。一体、俺に何を求めているんだ……)
拭いきれない違和感を抱えつつ、セシルに腕を引かれて校門へ向かっていたゼクスの足が、不自然に止まった。
そこに、学院の守護すら揺るがしかねない、圧倒的な存在感を放つ先客がいたからだ。
「……待っていました、ゼクスさん」
夕日に照らされ、長く伸びた影。
校門の脇に佇んでいたのは、燃えるような朱に染まった空の下で、あの黒い髪を輝かせた美月だった。周囲の喧騒が嘘のように遠のき、彼女の存在だけが世界の中心であるかのように、ゼクスの視界を支配する。
聖女としての凛とした美しさは保たれている。けれど、こちらを見つめる瞳の奥には、縋るような、今にも決壊してしまいそうなほど危うい「熱」が宿っていた。それは3ヶ月間、窓越しに彼を見つめ続け、募らせてきた疑念が、ついに抑えきれない渇望へと変わった証だった。
「少しだけ……お時間をいただけませんか? 二人きりで、お話ししたいことがあるのです。……エドワード様には、内緒で来ました」
その言葉に、隣のセシルがゼクスの腕を掴む力を、ギリ、と強めた。爪が服を突き抜け、肌に食い込むほどの強烈な拒絶の意思。セシルの瞳から光が消え、夕闇よりも深い漆黒の独占欲がその貌を覆う。
「……嫌だよ、スーちゃん。早く帰ってお夕飯にしよ?」
セシルの冷たく刺すような声と、美月の震える吐息。
王都の静寂を切り裂くような、三人の「静かなる戦争」の火蓋が、ついに切って落とされた。
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