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残響の三ヶ月。――視線の檻に囚われたまま、俺たちの嘘は限界を迎える

入学から三ヶ月。

 俺は、ただ淡々と、機械のように剣を振り、魔力を練り続けた。

 

 だが、視線を感じない日など、一日たりともなかった。

 校舎の窓際。聖女として光を浴びる彼女が、俺の中にある「涼翔」の残影を必死に探していることを、俺は気づかないふりでやり過ごす。

 

 隣で俺の腕を強く抱きしめるセシルの体温だけが、俺をこの世界に繋ぎ止める重石おもし

 

 嘘を重ね、目を逸らし続けた日々。

 そんな偽りの平穏は、ある「事件」をきっかけに、音を立てて崩れ去ることになる。

 午後の陽光が照りつける、広大な王立魔導学院の演習場。

 土煙が舞う中、実技担当の講師が鋭い声を張り上げた。


「実戦において、標的が足を止めていることはまずない! 今日は走りながら、あの動く『耐魔力石』を正確に魔術で射抜く訓練を行う!」


「さすが王立学院だ、実戦的だな!」「やってやるぜ!」

 クラスメイトたちが昂揚した声を上げる中、講師がゼクスの方を向いて、困ったように眉を下げた。


「あ……ゼクス君。君はあっちの端で、適当に自主練しててくれ。……君が全力でやると的が壊れて予算が飛ぶし、実力はもう分かってるから。……はぁ、全くなんで彼が生徒としてここにいるんだ……」


 最後の方はほとんど溜息混じりの独り言だった。

 言われた通り、ゼクスはフィールドの隅へと移動した。喧騒から切り離されたその場所で、彼は一本の訓練用の剣を握り、静かに素振りを開始する。


 遠くからは、苦戦するカイルたちの怒号や、対照的に上がる歓声が聞こえてくる。


「セシルさん、すごーい! 治癒だけじゃなくて水魔術もあんなにできるの!?」


 クラスメイトたちの称賛の中心に、セシルがいた。

 彼女は治癒魔術以外にも、水適性を持っている。村にいた頃から一緒に練習はしてきたし、彼女がこれくらい余裕でこなせることは知っていた。だが、いざ周囲の反応を目の当たりにすると、ゼクスは改めて自分の「標準」が、この世界のそれと大きく乖離していることに気づかされる。


(……俺が、彼女を治癒だけに専念させていたのか? セシルは、俺がいなきゃダメだと思っていたけれど……本当は、俺がいなくても彼女は立派にやっていけるんじゃないか?)


 その思考は、どろりとした暗い孤独へと繋がっていく。

 自分はこの世界にとって、不必要な異物なのではないか。

 

(……集中しろ。余計なことを考えるな。俺はこの世界の住人、ゼクスとして生まれ変わったんだ)


 自分に言い聞かせるが、その言葉さえも胸を抉る。

 「生まれ変わった」? つまり、異世界から「召喚」された美月とは違う。役割を終えれば元の世界へ帰る方法が見つかるかもしれない彼女とは違い、自分はこの地に骨を埋めるしかない、逃げ場のない存在だということか。


(……どれだけ、残酷なんだ。女神様……)


 吐き出しようのない激情を逃がすように、ゼクスは無意識に剣を振り抜く。

 それは、前世から体に染み付いた、涼翔としての「上段」の構え。足の角度、切っ先が空気を裂く微かな音。それはかつて美月が「かっこいいね」と笑って見つめていた、彼の軌跡だった。


 ――ゾクッ、と。

 背筋を凍らせるような、射抜くような視線を感じた。

 

 ハッとして顔を上げ、視線を校舎に向ける。

 三階の窓際。そこには、純白の法衣を纏った美月がこちらを見ていた。

 彼女は、ゼクスの動きを……その一挙手一投足を、何事かを確認するように、鋭く細められた瞳で凝視している。

 ゼクスが剣を振り下ろすたび、彼女の細い肩が、隠しきれない動揺を物語るように微かに震えている気がした。


 視線が、真っ向からぶつかる。

(……っ! 見られている……。だが、ここで急に動きを変えるのは、逆に認めるようなものか)


 ゼクスは心臓の早鐘を必死に抑え込み、努めて無機質な、感情を排した無表情を張り付けた。そして、機械的な人形のように、淡々と素振りを再開した。


 ---


「……美月。美月! 聞いているのか!?」


 隣から叩きつけられた鋭い声に、美月は肩を跳ねさせ、ようやく意識を室内へと戻した。

 そこは座学講義が行われている教室だ。講師が困惑した表情でこちらを見ている。そして何より、隣に座る王太子エドワードが、眉間に深い皺を寄せて彼女を覗き込んでいた。


「……申し訳ありません、エドワード様。少し、考え事をしていて」


「考え事だと? 講義中、ずっと外を……演習場を見ていたではないか。君らしくない」


 エドワードの言葉には、婚約者としての純粋な心配と、それ以上に、自分の愛する人が自分以外の何かに心を奪われていることへの戸惑いが混じっていた。彼は美月が窓の外、特にあの「ゼクス」という特待生を目で追っていたことに、鋭く気づいている。


「ゼクス君ばかり見て……彼に何か、用でもあるのか?」


「……いえ。用など、ありません。ただ……」


 美月は再び窓の外へ視線を向けそうになるのを、必死に堪えた。

(……やっぱり、どうしても。私の記憶にある涼翔に、あのゼクスという人が重なってしまう)


 美月は、隣にいるエドワードの誠実な瞳を見つめ返し、罪悪感に胸を痛めた。彼を裏切るような真似はしたくないはずなのに。


「美月、顔色が悪いぞ。……まさか、あの一年生に何か不敬なことでもされたのか? もしそうなら、私から厳重に注意を――」


「いえ! 違います、エドワード様。本当に、何でもないのです。少し、疲れが出ただけですから……」


 美月は慌てて否定し、顔を伏せた。

 エドワードは納得のいかない様子だったが、愛する彼女がそこまで拒むならと、それ以上の追及は控えた。しかし、彼の瞳の奥には、美月の心を乱す「ゼクス」という存在に対する、静かな、だが確実な敵意が宿り始めていた。完璧な王子の仮面の裏側で、手に入れたはずの至宝が指の間から零れ落ちていくような、形のない恐怖が静かに脈動していた。


 一方、窓の外ではゼクスが、美月の視線が外れたことに安堵しながらも、拭いきれない不安を抱えて素振りを続けていた。


 ――こうして、互いに正体を隠し、恩義と愛憎の狭間で探り合う日々が過ぎていく。

 気づけば、入学から三ヶ月という月日が経過していた。それは、偽りの平穏が限界を迎えようとしている、嵐の前の静けさでもあった。


第24話をお読みいただきありがとうございます。


時間が経過し、関係性がより「濃密で危険」なものへと変質しました。

美月さんはもう、確信の一歩手前まで来ています。ですが、婚約者である王子の手前、そして「ありえない」という理性によって、自分を縛り付けている状態です。


一方で、エドワード王子が不穏です。

彼は誠実な男ですが、「美月の心に別の男が入り込む」ことを許容できる器ではありません。彼の「敵意」が、ゼクスをどう追い詰めるのか。


そして、この三ヶ月間、一番近くでゼクスを「独占」してきたセシルの精神状態も気になるところ……。


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