登校初日の既成事実。――幼馴染の直球すぎる正論は、否定も拒否も許さない
「聖女」の影から逃れるため、俺は特権を捨てて「普通の生徒」として学院に通うことを決めた。
すべては、隣にいるセシルのため。そして、俺自身の壊れかけた心を守るため。
だが、俺の「合理的な判断」は、隣にいる幼馴染の手によって、とんでもない「愛の証明」へと変換されていく。
「私と一緒にいたいから、特権を捨ててくれたんだよね?」
「私達、二人で一緒に住んでて、朝から晩までずっと一緒なの」
嘘じゃない。嘘じゃないんだが……。
セシル、頼むからそんな蕩けるような顔で、クラスメイトの前で言わないでくれ。
最強の特待生の、平穏なはずの学園生活は、初日から「既成事実」の嵐に飲み込まれていく。
王立学院の喧騒から離れ、ようやく辿り着いた安らぎの場。王都に来てから一週間以上が経ち、ハンスの知人から借りたこのこじんまりとした家も、今ではすっかり二人の「日常」の風景となっていた。
「ふぅ……。やっぱり、いきなりあんなに絡まれるのは疲れるな。セシル、怖くなかったか? 変な奴らに囲まれて。怪我はないか?」
玄関を潜り、リビングに明かりを灯しながら、ゼクスはセシルの頭をポンポンと軽く叩いた。彼にとって、これは慣れ親しんだ「幼馴染」としての労いだ。
「……全然。怖くなかったよ。だって、スーちゃんがいてくれたもん」
セシルは、ゼクスの右腕を抱きしめたまま、蕩けるような笑みを浮かべた。
彼女の心臓は、恐怖ではなく、かつてないほどの昂揚で早鐘を打っている。あのミヅキを前にして、ゼクスは迷わず「セシルの隣にいたい」と断言してくれたのだ。その勝利の余韻が、彼女の胸を熱く焦がしていた。
「そうか。ならいいんだ……そうだ、学院長が出席しなくてもいいって言ってたけど、俺も明日からちゃんと授業に出るつもりだ」
「えっ? でも、スーちゃんは免除されたんじゃ……」
「お前を一人で教室に行かせるわけにいかないだろ。さっきみたいな連中にまた絡まれたら危ないし、俺がセシルの隣にいる為に学院に通うって言ったんだしな」
(……私と一緒にいたいから、特権まで捨ててくれるの?)
実際は「美月から逃げるため」と「セシルの身の安全」という、ゼクスなりの合理的な判断なのだが、セシルの脳内ではそれが「至上の愛」として完璧に変換されていく。
「……っ、うん! ありがとう、スーちゃん!」
感極まったセシルが、ゼクスの首に激しく抱きついた。
ゼクスは「お、おい、苦しいって」と苦笑しながらも、寂しがり屋な彼女を突き放すことはできなかった。
その夜。二階の寝室。
手の届く距離に並べられた二つのベッド。毛布に包まったセシルが、闇の中で隣のゼクスをじっと見つめていた。
「ねえ、スーちゃん……起きてる?」
「ん……? あぁ、どうした?」
「……ねえ、明日からもずっと、私の隣にいてね? どこにも行かないでね?」
その瞳は怪しく、けれど泣き出しそうなほど切実に光る。
ゼクスは「あぁ、分かってるよ。おやすみ、セシル」と短く答えると、無防備に寝返りを打った。守護者としての責任感だけで紡がれたその言葉が、セシルの独占欲をどれほど肥大させているか、彼は知る由もなかった。
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王立魔導学院、登校初日。
校門をくぐった瞬間から、ゼクスに向けられる視線は尋常ではなかった。先週の「副長圧倒」と昨日の「七人同時相手の喧嘩」の騒動を聞きつけた野次馬たちが、廊下を埋め尽くしている。
だが、その注目を一身に浴びるゼクスの腕には、当然のようにセシルがしがみついていた。
彼女もまた、稀有な治癒適性と目を引く容姿で、瞬く間に男子生徒たちの間で噂の的となっていた。
「やあ、君が新入生で噂のセシルさんかな? よければ、放課後に校内を案内――」
声をかけてきた上級生の男子生徒を、セシルは一瞥もせずに切り捨てた。
「ごめんなさい。私、スーちゃんと一緒に住んでいて、朝から晩までその人のお世話で忙しいんです。……ね、スーちゃん?」
セシルは流れるような動作でゼクスの胸に顔を寄せ、執着と独占欲を隠そうともしない、蕩けるような笑顔で彼を見上げた。
「……っ!? いや、それは……っ」
「語弊がある」と突っ込もうとしたゼクスだったが、ふと立ち止まる。
(一緒に住んでいるのは事実だ。食事も作ってもらってるし、世話になっているのも……事実、だよな?)
あまりに直球すぎる事実に脳の処理が追いつかず、ゼクスはただ口をパクパクとさせて固まってしまった。
その様子を見た周囲の生徒たちは、一斉に溜息をつく。
「……あ、あの顔。本当なんだな」「ゼクス様、もう心に決めた方がおられますのね……」
ゼクスの困惑による「沈黙」は、誰の目にも「最愛への照れと肯定」にしか見えなかった。
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最初の授業は、重厚な石造りの講堂で行われる「魔導基礎理論」の座学だった。
校門をくぐった瞬間から、ゼクスに向けられる視線は尋常ではなかった。先週の「副長圧倒」と昨日の「七人同時相手の模擬戦」の騒動を聞きつけた野次馬たちが、講堂の入り口まで鈴なりになっている。
ゼクスは、セシルの隣に座っていた。
「……すごい人だかりだな。ゼクス」
前の席から振り返ったのは、短髪で快活そうな少年、カイルだった。彼は興味津々といった様子でゼクスを見つめる。
「俺はカイル。よろしくな。……しかし、いきなり昨日派手に揉めてたよな? 遠くから試合見てたけど、お前みたいなバケモノが、なんでわざわざ生徒としてここにいるんだ?」
「……あぁ、よろしく。年齢的にじゃないか?」
ゼクスが短く応えると、今度は隣の席の少女、ミリアが身を乗り出してきた。
「私はミリア。私も昨日の試合見てたよ! すっごいカッコよかった! あんな魔術、この国じゃ誰もできないと思う。講師だって、優秀なら私達と同じ歳で就任する人もいるし、年齢なんて関係ないはずだよ?」
ミリアの熱烈な称賛と探るような質問が飛んだ、その瞬間。
ゼクスの右腕に、ぎゅっ、と強い圧力がかかった。
「それは……スーちゃんには実は将校クラスのお誘いがあったんだけど、私と一緒にいたいからって、わざわざ生徒として授業を受けるって言ってくれただからなんだよっ」
セシルが、ゼクスの腕を自分の胸元へ引き寄せ、その肩に甘えるように頭を預けた。
先ほどまでのあどけない顔はどこへやら、ミリアに向ける眼差しには「私のものに触るな」という猛烈な牽制が込められている。
「あ、あはは……。仲がいいんだね、二人って」
「ええ。私達、幼馴染で、今は二人で一緒に住んでて、朝から寝るまでずっと一緒なの。 ね、スーちゃん?」
セシルは蕩けるような笑顔でゼクスを見上げた。
「……っ!? いや、それは……っ」
「またも語弊がある」と突っ込もうとしたゼクスだったが、ふと思案する。
(……待てよ。一緒に住んでいるのは事実だし、朝飯の時から今の授業中まで、そしてその後もずっと一緒なのも……嘘じゃない、よな?)
律儀で致命的に女心に疎いゼクスの思考回路は、直球すぎる事実の羅列を否定できず、またもフリーズしてしまった。
カイルとミリアは、一斉に顔を見合わせ、悟ったように溜息をつく。
「……なるほどな。お熱いこった」
「既に同棲までしてるなんて……。ゼクスくんはもうセシルさんのものなんだね」
ゼクスの困惑による「沈黙」は、誰の目にも「最愛への照れと肯定」にしか見えなかった。
こうしてゼクスが知らないうちに、クラスメイトたちの間では「二人は結婚秒読みのカップル」という認識が完全に固定されてしまった。
第23話をお読みいただきありがとうございます。
ゼクスさん、完全に詰みましたね。
合理的であればあるほど、セシルの張った伏線(事実)の罠にハマっていく様子は、見ていて実に微笑ましい(?)です。
否定しようにも「事実」だから否定できない。
その沈黙が、周囲には「深い愛の肯定」に見えてしまう。
セシルさんの、この「外堀を埋めてからコンクリートで固める」ようなムーブ、これぞヤンデレヒロインの醍醐味です。
一方、クラスメイトたちに「既婚者同然」のレッテルを貼られたゼクス。
もしこの噂が、あの「聖女様」の耳に入ることになったら……。
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