異世界転生と、狂気の研鑽。――銀髪の幼馴染セシルとの出会い
転生。
それは、美月を護るための力を手に入れる、またとないチャンスだった。
赤ん坊という無力な肉体に苛立ちながら、俺はゆりかごの中で魔力を練り、一歳で「自立」を、三歳で「剣」を手に取った。
すべては、いつか再会する彼女の隣に立つのに相応しい「暴力」を手にするため。
周囲から「神童」と持て囃され、やがて「不気味な異質」と遠巻きにされるようになっても、俺の心は一瞬たりとも揺らがなかった。
だが、そんな俺の閉じた世界に、一人の少女が踏み込んでくる。
白銀の髪を持つ、村一番の美少女――セシル。
これが、俺の運命を狂わせる「重すぎる愛」の始まりだとも知らずに、俺は彼女の差し出した手に、その身を委ねていた。
熱い。
全身の血管を沸騰した泥が駆け抜けるような、凄まじい熱量に意識が塗りつぶされる。
女神に額を触れられた瞬間、須藤涼翔という存在は一度分解され、次元の狭間を高速で射出された。
(美月……待ってろ。今、行くから……っ!)
魂に刻んだ誓いだけが、バラバラになりそうな意識を繋ぎ止める唯一の錨だった。
不意に、重苦しい熱が引き、代わりに肌を刺すような冷気と、眩い光が差し込んできた。
「おぎゃあ……っ! おぎゃあぁ……っ!」
自分の喉から放たれたのは、聞き覚えのない、高く細い産声だった。肺が焼けるように痛み、酸素を取り込むたびに全身が震える。ぼやけた視界。思うように動かない四肢。重い頭。
――転生した。俺は、赤ん坊になったんだ。
(美月……どこだ。ここは、どこなんだ……)
産声と共に、俺の人生のカウントダウンは始まった。女神に告げられたのは、「いつか必ず会わせてあげる」という、希望の形をした呪いのような約束。美月は異世界に召喚された。あの日、山で見つけられなかった彼女は、この世界のどこかで生きている。ならば、俺がやるべきことは一つだ。彼女に再会するその日まで、誰よりも強くなること。
生後数ヶ月。まだ言葉も話せない、ふにゃふにゃの体。
どうやらこの世界には魔術が存在しているらしい。母のミラが、何もないところから清らかな水を生み出しているのを見た時、俺の魂が震えた。俺もやってみようと念じてみると、驚くほど呆気なく、指先から水が溢れ出した。女神が言っていた「サポート」とは、この異常なまでの魔導適性のことなのだろう。動けない身体でやることは他にない。俺はゆりかごの中で、人知れず小さな火を灯し、それを水で消し、風で蒸気を飛ばす。そんな過酷な基礎訓練に、赤ん坊の俺は明け暮れた。
一歳の頃、母のミラが寝静まった深夜。俺は肉体の限界に挑んだ。体内で魔力を高速循環させ、未発達な細胞一つひとつを叩き起こす。
「……フィジカルアップ」
赤ん坊の筋力では不可能なはずの自立。ぷるぷると震える足で、俺は初めて異世界の土を踏みしめた。激痛が走る。それでも俺は、歯を食いしばり、寝る間を惜しんでこれを繰り返した。
一歳を過ぎた頃、隠れて特訓する効率の悪さに限界を感じた俺は、両親の前で歩いて見せ、言葉を紡いだ。父のバルトロとミラは、我が子の変異に戦慄していた。父は村一番の魔道士である友人・ハンスを呼んできた。「……こんにちた」と挨拶する俺を、ハンスは「神童だ!」と称えた。周囲の反応に安堵しつつ、俺は冷徹に決意する。最短距離で、美月を護れる「暴力」を手に入れてやる、と。
それからの俺は、狂気的なトレーニング法を確立した。起きている間は常に『フィジカルアップ』を維持し続け、肉体に恒常的な過負荷を課す。常に体は発熱したように熱を帯び、汗が止まらない。ミラが「熱があるの?」と血相を変えて額を撫でるが、俺はただ「だいじょうぶだよ」と短く返すのが精一杯だった。
三歳で大人用の木刀を握り、五歳になる頃には自警団の練達した動きをすべて見切った。可愛げもなく、無言で数千回の素振りを繰り返し、五属性の魔術を並列起動させる俺を、いつしか村の人間は不気味なものを見るような目で遠巻きにするようになっていた。
六歳になる頃、俺の生活圏は自宅の庭から、村外れにあるハンスの書庫へと移った。
父の友人であるハンスは、俺の異常な魔導適性に半ば恐怖し、半ば心酔していた。
「ゼクス、また来たのか。……そんなに難しい魔導書を読んで、理解できているのか?」
「……だいたい」
俺は分厚い古書をめくる。ハンスの家には、この世界の理を記した本が山ほどあった。俺は飢えた獣のように知識を読み漁り、その過程で、一つの魔術に執着した。
「ハンス、これ……治癒も僕にできる?」
「治癒か? 試してみるがいい。だが、治癒は才能がすべてだぞ」
俺は庭にいた、羽を怪我した小鳥をそっと掌に乗せた。美月を護るためには、壊す力だけでなく、癒やす力も必要だ。あの雨の山で、動かなくなった自分の体への後悔が、魔力を淡い光へと変える。
――ポォッ、と光が小鳥を包んだ。だが、傷は塞がらない。俺の魔力は治癒に変換されず、ただ虚空に霧散していく。
「……できないのか」
焦燥が胸を焼いたその時、横から涼やかな、少し勝ち誇ったような声が響いた。
「貴方が賢者の再来ってパパが言ってた子よね? なのに治癒もできないの?」
そこには、月光を糸にしたような銀髪の少女が立っていた。ハンスが以前「娘だ」と紹介してくれたセシルだ。彼女は俺の不甲斐なさを見定めるような目で一瞥すると、小鳥に手をかざした。
柔らかな緑の光が溢れ、一瞬で羽の傷が消え失せる。自慢げに胸を張り、「どう?」と言いたげな彼女に、俺は純粋な驚愕と称賛を口にした。
「すごい! 僕にもできないのに……セシルは天才なんだな」
「……っ、わ、わかればいいのよ! パパ、この子本当に神童なの?」
俺の真っ直ぐすぎる言葉に、彼女は少し面食らったように頬を染め、ふいっと顔を背けた。
それからというもの、俺が魔術の練習をする傍らには、だいたい決まってセシルがいた。彼女は俺が新しい魔法を覚えるたびに、「私の方が治癒は上手いんだから」と、自分の得意分野を確認するように隣に座るようになった。
†
七歳になり、俺は村の小さな初等学校へ通わされた。
前世の記憶を持ち、二十四時間『フィジカルアップ』で威圧感を放ち続ける俺は、同年代にとって「近寄りがたい異質」でしかなかった。
「おい、ゼクス! また一人で難しい本読んでんのかよ。変なやつー!」
揶揄う声も、俺には風の音ほどにも感じない。彼らが戦いごっこに興じている間、俺は常に魔力の最適化計算や素振りをしていた。そんな俺の「異様さ」は、子供たちの間でも浮き上がっていたが、唯一、セシルだけは違った。
「……あ、……スーちゃん」
いつしか俺をスーちゃんと呼ぶようになった彼女もまた、その美貌と類稀な治癒適性で、クラスの中で孤高の存在――「高嶺の花」として浮いていた。だが、彼女は俺の隣に来ると、ハンスの家での延長線上の、どこかお姉さんぶった態度を見せる。
「スーちゃん、また汗かいてる。……これ、拭いてあげる」
「……あ、ありがとう。……セシル、治癒の練習はいいのか?」
「もう終わったよ。それに、スーちゃんは私がついてないと、すぐ無茶するんだから。パパも言ってたよ、『あの子は放っておくと壊れるまでやる』って」
彼女は世話焼きな幼馴染としての義務を果たすように、甲斐甲斐しく俺の世話を焼く。
まだ恋も執着も知らない。ただ、「自分だけが知っている、この不器用でストイックな神童の弱点」を埋めてあげることに、ささやかな誇らしさを感じている。そんな少女の無邪気な優越感が、今の二人の距離感だった。
赤ん坊の頃からフルスロットルで努力を続ける主人公・ゼクス。
彼のストイックすぎる生き方は、周囲には少し不気味に映っているようです。
そんな彼に寄り添うセシル。今はまだ可愛らしい幼馴染ですが、彼女の「治癒」の才能が、後の関係にどう影響していくのか……。
本作はすでに書き溜めが十分にありますので、テンポよく更新していく予定です。
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