断頭台の祝辞。――俺が十五年かけて積み上げたのは、彼女を祝福するための言葉だった
新入生代表。
かつての俺なら、彼女の前で誇らしく胸を張っただろう。
だが、壇上から見下ろす世界は、血の味がした。
隣り合う二人。薬指の輝き。
俺が地獄のような修行に明け暮れた十五年は、彼女が他の男と結ばれる「平和な世界」を維持するためだけの供物だったのか。
「……御婚約、心よりお祝い申し上げます」
魂を切り刻みながら紡いだ言葉。
彼女に向けた最後の「嘘」を、世界中の拍手が飲み込んでいく。
「……続きまして、新入生代表挨拶。特待生、ゼクス」
司会の無機質な声が、絶望の淵にいたゼクスの鼓膜を叩いた。
一瞬、自分の名前だと理解するのに時間がかかった。隣に座るセシルに握られた手の熱さだけで、辛うじて意識の糸を繋ぎ止める。
(……俺が、あいつらの前で……喋るのか?)
魂が抜け落ちたような足取りで立ち上がるゼクスの背中に、周囲の一般入学生たちから棘のある囁きが突き刺さる。
「……あいつが例の『裏口』か?」
「試験も受けてないんだろ? 辺境の田舎者が、騎士団の副長を不意打ちでハメたって噂じゃないか」
「聖女様の婚約発表という神聖な日に、あんな不遜な面下げた奴が代表なんて……反吐が出るぜ」
蔑みの視線、根も葉もない誹謗中傷。だが、今のゼクスにとってそれらは、遠い国の羽虫の羽音ほどにも感じられなかった。有相無象の顔など、背景の染みに等しい。ただ一点、一段高い場所で光を浴びる「二人」だけが、網膜を焼き切るほどに残酷に映っていた。
一歩、一歩。重鉛を引きずるような足取りで壇上へと向かう。
(……ああ、そうか。これは階段じゃない。……俺が、俺自身を殺すための、断頭台へ続く道なんだな)
視線の先、一段高い玉座のような椅子に、寄り添うように座るエドワードと美月。
近づくにつれ、美月の顔が鮮明になる。
かつて自分が守ると誓った、あの潤んだ瞳。今は、隣に立つ王子への信頼で輝いている。その輝きが、ゼクスには自分を切り裂く刃にしか見えなかった。彼女の指に、自分ではない男が贈った石が鈍く光っている。その事実が、十五年の歳月を「無」へと塗り潰していく。
演台の前に立ち、ゼクスは深く頭を垂れた。
顔を見せれば、叫び出してしまいそうだったからだ。溢れそうになる憎悪と悲しみを、喉の奥で無理やり飲み込む。鉄の味がした。
「……新入生を代表し、一言、ご挨拶申し上げます」
低く、少し低音の響く声。前世の涼翔とは似ても似つかない、この世界における「ゼクス」という少年の声だ。
だが、その言葉の区切り方、重苦しい沈黙を置く独特の「間」は、十五年経っても変わることのない、彼自身の魂が刻んだ癖だった。
ざわついていた生徒たちが、その異質な迫力に一瞬で沈黙する。
「……まずは、エドワード殿下、そして聖女ミヅキ様。御婚約、心よりお祝い申し上げます」
その一言を絞り出すのに、心臓を素手で握りつぶされるような痛みが走った。
十五年。
赤ん坊が男に成長するほどの長い年月を、ただ一人の女性のために捧げた。
魔力など存在しなかった前世から、死に物狂いでこの世界の力を練り、積み上げてきた。
その結末が、彼女の幸福を、彼女を奪った男の隣で言祝ぐこと。
これ以上の喜劇があるだろうか。「おめでとう」という祝福が、自分自身の魂を切り刻む呪詛となって、ゼクスの内側をボロボロにしていった。
「……お二人の歩む道が、この王国の光となり、平和の礎となることを……願って止みません。我ら新入生一同、その高貴なる志に少しでも報いるべく、この学院で研鑽を積む所存です……」
澱みなく流れる言葉とは裏腹に、ゼクスの視界には、あの日、裏山で別れた時の美月の笑顔がフラッシュバックしていた。
『涼翔、待ってるからね』
嘘だ。
待ってなんていなかった。お前は、たった一年で、別の男の手を取った。
俺の十五年は何だったんだ。俺が殺してきた魔獣の返り血も、凍える夜の孤独も、全てはゴミクズだったのか。視界がじわりと歪む。激情に任せて、この場でこの講堂ごとすべてを灰にしてやりたいという衝動を、奥歯が砕けるほどの力で押し殺す。
挨拶を終え、再び深く頭を下げる。
その時、壇上の美月が、磁石に吸い寄せられるように身を乗り出した。
(……え? なに、今の……。声は全然違うのに、喋り方が、少しあの人に……)
美月の胸に、言いようのないざわつきが広がる。声も、姿形も違う。けれど、言葉の端々に滲む「彼」の残り香のようなものが、彼女の理性を揺さぶる。
だが、隣のエドワードが優しく彼女の肩に手を置き、「素晴らしい挨拶だったね、ミヅキ」と微笑んだことで、彼女はその疑念を檻に閉じ込めた。
「……ありがとうございます。貴方の活躍、期待していますね、ゼクスさん」
美月から向けられた、慈愛に満ちた「聖女」としての完璧な微笑み。
それは、涼翔に向けられた愛ではなく、名前も知らぬ一学生に向けられた、残酷なまでに平等な施しだった。その眼差しに、「涼翔」を見つめる色は一欠片も混じっていない。
ゼクスは、軽く頭を下げ、返辞もせずに壇を降りた。
膝が笑っていた。視界が真っ赤に染まる。
自席に戻ると、セシルが再び、熱を帯びた手で彼の腕を絡め取った。
「……よく頑張ったね、スーちゃん。偉かったよ」
セシルの声だけが、今のゼクスには唯一の現実だった。
彼女の指が、ゼクスの肌に深く食い込む。
それは慰めではなく、「あなたにはもう私しかいない」という冷徹な、けれど今の彼には救いのような刻印だった。
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