聖女の誓いと、少年の埋葬。――かつての恋人が他の男に愛を囁く時、俺の十五年は無に帰した
王立魔術学院、入学式。
祝福の拍手に包まれた壇上には、俺が十五年夢に見た「彼女」がいた。
「支えてくれたのが、エドワード様でした」
その言葉は、俺の十五年を、俺が彼女のために積み上げた努力を、ゴミのように踏みにじり、粉砕する。
俺が地獄の底を這いずり回っていた時、彼女は隣の男に寄り添い、信頼という名の絆を育んでいた。
視界が真っ白に染まる。
叫びたい。泣き叫びたい。
だが、俺の震える拳を包み込んだのは、絶望を祝福するように微笑む「彼女」の温もりだった。
「スーちゃん、大丈夫……? 私が、ずっと側にいるから」
十五年の執念が死に、新たな呪いが俺を縛り始める。
エルメリア王立魔術学院。その歴史ある大講堂は、厳かな静寂と新入生たちの放つ微かな熱気に包まれていた。高い天井に施された精緻な魔導彫刻が、差し込む春の光を乱反射させ、幻想的な空間を作り上げている。
だが、一年生最前列の特待生席に座るゼクスの視界は、どす黒い霧に覆われたかのように混濁していた。
やがて、壇上に二人の人物が姿を現した瞬間、会場の空気は一変した。
地響きのような歓声が上がり、次の瞬間には、その神々しさに気圧されたかのような静寂が広がる。
黄金の髪を陽光のように輝かせ、高潔なオーラを纏った第一王子、エドワード・フォン・エルメリア。
そしてその隣で、汚れなき純白の聖衣に身を包み、凛とした美しさを湛えた少女――。
「……三年生代表、エドワード・フォン・エルメリア殿下。および、その婚約者――聖女ミヅキ様です」
司会の声が、魔法で増幅されて講堂の隅々にまで響き渡る。
ゼクスは、呼吸の仕方を忘れた。
心臓が肋骨を突き破らんばかりに脈打ち、指先が氷のように冷たくなっていく。
十五年間。赤ん坊の頃から、泥を啜り、血を吐き、意識が遠のくほどの重力に耐えながら、一瞬たりとも忘れることのなかった「美月」が、そこにいた。陽光を透かす柔らかな黒髪も、記憶より少し大人びた顔も、すべてが残酷なほどに「あの日の美月」のままだった。
まずはエドワードが前に出る。その声は、王族らしい威厳と、慈愛に満ちていた。
「諸君、入学おめでとう。この学院は、王国の盾となり、剣となる者たちが集う聖域だ。私は、この隣にいる聖女ミヅキと共に、この国に真の平和をもたらすと誓った。諸君らもまた、我らと共に歩み、この地を照らす光となってほしい」
王子の言葉に、会場は熱狂的な拍手に包まれる。続いて、「聖女様からも一言賜ります」と促され、美月がゆっくりとマイクの前に立った。
「……皆様。私は、この世界に来てまだ一年です」
美月の、鈴を転がすような清らかな声が響く。前世よりも少し大人びた、けれど間違いなく記憶の中にある、愛しい声。
「最初は、文化も言葉も違うこの場所に戸惑い、元の世界へ帰れない絶望に打ちひしがれていました。使命だと押しつけられた『聖女』という役割が、重くて、嫌でたまりませんでした。……でも、そんな私を一番近くで支えてくれたのが、エドワード様でした」
美月は一度言葉を切り、隣に立つ王子へと視線を向けた。そこには、かつて高校の裏山で自分(涼翔)に向けてくれていたような、慈愛に満ちた、そして「最愛の者」への確かな信頼が宿る微笑みがあった。
「急に呼び出してすまないと、混乱し、元の世界に帰りたいという私と共に涙して謝り、辛く当たる私を罰するどころか、折れそうな私の心に寄り添おうとしてくれた。そして、必死に守ってくれた……だから、私は決めました。この世界で、彼と共に歩み、聖女として世界を平和に導くことを。……皆様、どうか私たちに力を貸してください」
割れんばかりの拍手が、津波となってゼクスを襲った。
だが、ゼクスの耳には、その拍手の音がまるで自分を嘲笑う断頭台の落下音のように聞こえていた。
(……世界を守れば、会える……。……そういうことかよ、女神様ッ!!)
ゼクスは膝の上で拳を血が滲むほど握りしめ、天を呪った。
彼女は聖女になり、自分を忘れ、自分を召喚した「仇」とも言える王族の男と結ばれた。
自分が十五年間、地獄のような修行に身を投じてきたのは、彼女が他の男の隣で幸せそうに笑う「平和な世界」を、指をくわえて祝福するためだったのか?
あの日、自分を待っていてくれたはずの彼女。
独りにしてしまった報いが、この「裏切り」の光景だと言うのか。
喉の奥から、熱い塊がせり上がってくる。叫び出したくなるような衝動を、ゼクスは必死に押し殺した。溢れそうになる悲鳴を飲み込むたびに、焼け付くような痛みが走る。
そんなゼクスの、魂が削れるような絶望を、隣でじっと見つめている瞳があった。
(……あぁ。あの中に立っているのが、スーちゃんがずっと、夢の中でさえ追い求めていた『美月』さんなんだ)
セシルは、ゼクスの横顔に浮かぶ、今にも壊れそうなほどの悲哀と、暗い怒りを冷静に観察していた。
彼女にとって、ゼクスがずっと探していた恋人は、もはや手の届かない「雲の上の聖女」だった。しかも、隣には完璧な王子が寄り添っている。
(スーちゃんの想っていた人は……王子様と婚約して、あんなに幸せそうに笑ってる)
セシルの唇が、周囲には悟られないほど微かに歪む。
それは悲しみではない。暗く、底の知れない、粘着質な歓喜に近い感情だった。
(……傍にいられるだけでもいいと思っていた。けれど、スーちゃんの想いはもう、絶対に叶わない)
セシルは、ゼクスの震える拳を、自分の両手で力強く包み込んだ。
その体温は驚くほど高く、まるで熱病のようにゼクスの感覚を侵食していく。この隙間を、絶望を、私が全て埋めてあげる。
「スーちゃん、大丈夫……? 私にできることならなんでもするから……。……ね? 何でも言ってね」
セシルの囁きは、壇上の聖女の祝福よりも甘く、そして逃げ場のない呪いのように、ゼクスの耳元で毒となって響いた。絶望のどん底にいる彼を、そのまま深い愛の泥沼へと引きずり込むような、慈愛に満ちた残酷な福音だった。
第18話をお読みいただきありがとうございます。
ついに、ゼクスが「美月」と再会しました。
ですが、それは彼が思い描いていた「救い」とは程遠い、あまりに残酷な結末。
美月の誠実な「決意」が、ゼクスにとっては毒になるという展開は、書いていて非常に胸が締め付けられます。
そして、この絶望を「待っていました」と言わんばかりにゼクスを包み込むセシル。
彼女にとって、美月はもはや「恋敵」ではなく「ゼクスを自分の檻に追い込んでくれた協力者」に近い存在です。
心が死んだゼクス。王子に信頼を寄せる美月。そして、彼を飲み込もうとするセシル。
入学式という新たな門出で、最悪の三角関係(四角関係)が幕を開けます。
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