聖女の告白。――異世界に堕ちた孤独と、王子がくれた光
眩い光に飲み込まれたあの日、私の世界は終わった。
見知らぬ天井、聞こえない言葉。
何より、隣にいるはずだった涼翔の温もりが、どこにもない。
「君を一人にはしない。この私が、君を守り抜くと誓おう」
絶望に狂う私の魔力をその身に受けながら、血を流して抱きしめてくれた人。
一年の月日は、止まっていた私の時間を無理やり動かし、独りでは立てない私の薬指に「誓い」を嵌めた。
……けれど。
あの日、演習場で見上げた少年の背中が。
封じ込めたはずの記憶の箱を、激しく叩き始める。
真っ白な世界に、たった一人だった。
あの日、愛する「彼」を待ちながら、いつもの山で季節の花を愛でていたはずだった。柔らかな風が吹き抜け、次に瞬きをした瞬間、視界は眩い光に塗り潰され――。
気づけば私は、冷たい石造りの神殿、その祭壇の上に横たわっていた。
「……ここは、どこ? 涼翔は……? 涼翔はどこにいるの!?」
飛び起きた私の目に飛び込んできたのは、高く聳え立つ円柱と、見たこともない異国の意匠。そして、私を囲む見知らぬ人々だった。
「ここは『エルメリア』王国。突然の召喚で驚かせた。……すまない。だが、我々にはどうしても『異界の聖女』の力が必要だったんだ」
目の前に立つのは、陽光を溶かしたような金髪に、深い海を思わせる青い瞳を持つ青年だった。日本人ではない。けれど、その言葉は不思議と私の脳裏に直接、流暢な響きとなって届く。
異界? 召喚? わけがわからなかった。
じゃあ、涼翔とも、お父さんやお母さんとも、もう二度と会えないというの?
押し寄せる混乱と恐怖。私の内側から、制御不能な魔力が荒れ狂う嵐となって噴出した。
周囲の神官たちが腰を抜かす中、その青年だけは退かなかった。
「大丈夫だ。君を一人にはしない。この国が、そして私が、君を守り抜くと誓おう」
暴走する魔力の衝撃に彼の肌を焼き、焦げた匂いが立ち込める。それでも彼は一歩も引かず、血の滲む唇を噛み締めながら、折れそうな私の身体を力強く抱きとめた。それが、第一王子・エドワードとの出会いだった。
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それからの数週間、私は深い闇の底にいた。
食事もあまり喉を通らず、ただ部屋の隅で膝を抱えて過ごす日々。
元の世界に帰る術はない。もう、あの温かな日常も、涼翔の優しい声も、永遠に失われてしまった。
毎日、欠かさず会いに来てくれるエドワード王子に、私は子供のように当たり散らした。「帰して」「あなたのせいよ」と。
それでも彼は、悲しげな微笑みを浮かべながら「すまない」と謝り続け、私の隣に居続けてくれた。
そんなある日。扉の外から侍女たちの潜められた声が漏れ聞こえてきた。
「……あんな役立たずの聖女、さっさと放り出せばいいのに。毎日毎日めそめそして、見ているだけでうんざりするわ。エドワード王子も、あんな女のためにいつまで必死に庇い続けるのかしらね」
その言葉は、凍てついた私の心を鋭く切り裂いた。
――私は、一人で苦しんでいるつもりだった。
けれど実際は、私に罵倒され続けているこの国の王子が、裏では国中の批判から私を必死に守り続けてくれていたのだ。
「故郷を奪われた者の痛みが、お前たちにわかるのか!」と、彼は私の知らないところで、家臣たちを怒鳴りつけ、泥を被ってくれていた。
(私は……何をしていたんだろう。もう帰れないなら、ここで生きていくしかないのに)
私は決心した。自分を召喚したこの国を、そして、私を信じてくれたこの人を支えるために生きようと。
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それからの約一年間は、まさに怒涛のような日々だった。
「異界の聖女」として、国を挙げての期待を背負わされた私は、慣れない礼儀作法や膨大な魔力制御の特訓に明け暮れた。
魔力が枯渇し、意識を失いかけるたびに、エドワードは重要な公務さえ放り出して私の枕元に付き添い、その手を握り続けてくれた。その掌は、涼翔のそれとは違って少し大きく、剣を握る者の硬いマメがあったけれど、伝わってくる温もりだけは、あの日の記憶と重なってしまうほど優しかった。
特訓の合間、ふと見上げる空は、あの日見上げたものとはどこか色が違う。
(涼翔……この空は、あの日とは繋がっていないのね……)
寂しげな私の横顔を見て、一緒に特訓をしていたエドワードが痛ましそうに呟く。
「君には、故郷に大切な人がいたのだね。そんな君をこちらの勝手で呼び出してしまって、本当に、取り返しのつかないことをした……」
「いいえ……。こちらはこちらで、魔獣や隣国との争いで大変だったのですから。もう、仕方がなかったんです」
この世界は、私が思っていたよりもずっと残酷で、悲しい世界だった。
特訓の合間に日々運び込まれてくる、血塗れの人々にヒールをかける毎日。
けれどエドワードは、私を単なる「強力な兵器」や「象徴」、「便利な道具」としてではなく、「ミヅキ」という一人の女性として大切に扱ってくれた。
絶望の底にいた私を救い出し、居場所をくれた一筋の光。
一年という月日は、絶望を「感謝」に変えるには十分すぎる時間だった。
そしてその感謝はやがて、彼への揺るぎない「信頼」と、独りでは生きていけない私の「縋るような愛情」へと、ゆっくりと形を変えていったのだ。
(涼翔……ごめんなさい。私は、前を向くことに決めたの。この国で、私を心から必要としてくれる人の隣で……)
あの日、演習場で見かけた少年の構え。
かつての涼翔と同じ、あの独特な「上段の構え」を見た瞬間、私の鼓動は狂ったように跳ねた。視界が滲み、一瞬だけ、ゼクスの背後に制服姿の涼翔が重なって見えた。けれどそんなことあるはずない――。
すぐにその思いを心の奥底へと封じ込めた。
だって、彼はもういない。私はこの世界で、エドワードの手を取ると決めたのだから。私の薬指には、エドワードから贈られた婚約の証が、重く、けれど確かな冷たさを持って嵌められている。それが今の私の現実なのだ、と自分を納得させるために。
……けれど、一度生まれた「疑念」は、消えない残り火のように私の胸を焦がし続けていた。
第17話をお読みいただきありがとうございます。
今回は聖女ミヅキの視点から、彼女が歩んできたこの一年間を描写しました。
ゼクス(涼翔)が十五年かけて彼女を追ってきた一方で、彼女にとっては「たった一年」の出来事。
ですが、異世界に独り放り出された彼女にとって、その一年は一生にも勝る孤独と、エドワード王子への依存を生むには十分な時間でした。
ゼクスの「十五年の執念」vs 美月の「一年の現実」。
美月の薬指に輝く指輪は、二人の再会を祝福するものになるのか、それとも残酷な境界線になるのか。
そして、この状況を誰よりも冷静に(そして悦びを持って)見つめるセシルが、どう動くのか。
運命の二人が、ついに至近距離で対峙します。
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