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死んでも君を愛し続け、異世界まで追いかけて来た俺は、君の婚約を祝福する。─この嘘は貫き通す。君の為に強くなった俺は君の幸せをただ願う─  作者: 一斗
また明日。魂の果て編

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届かぬ視線、泥にまみれた少女の祈り

 出発してから一度の野営を挟み、目的の王都まで、もう一度の野営を挟めば辿り着けるという距離まで来ている頃の夕暮れだった。

 東へ向かって緩やかに続く街道を、大勢の避難民を連れた一行が静かに進んでいく。


 いつ襲撃があってもおかしくない張り詰めた空気の中、陣形の先頭を任されたのは美月とエレノア。中央には民たちを守るようにセシルが位置し、もっとも危険な最後尾である殿をゼクスが固める──それが、今の彼らの布陣だった。


「スーちゃーん!」


 中央を歩くセシルは、たまに楽しげに後ろを振り返っては、遥か後方にいるゼクスに向けて無邪気な笑顔で大きく手を振っていた。

 だが、前方を向き直った刹那、その瞳からは一切の光が消え、冷徹極まりない無表情へと様変わりする。

 そのあまりに極端で、どこか背筋の凍るような精神の落差を間近で見ていた周囲の民たちは、(この子、可愛いけどちょっとヤバいんじゃ……)と、顔を見合わせて引きつった苦笑いを漏らすしかなかった。


 ──そんな中、殿を歩くゼクスの眉がピクリと跳ね上がる。

 彼の展開する『ウィンドセンス』の不可視の風が、遥か遠方からこちらへと急速に近づいてくる、明確な意思を持った三つの集団を正確に捉えていた。


(……チッ、同時に来るのか!)


 ゼクスは内心で激しく舌打ちをした。

 事前に敵の接近を察知できてはいたとはいえ、敵は街道の前後、指示されたかのように中央の側面という三方向から、寸分の狂いもない恐るべき速度で同時に接近してきている。

 大勢の足の遅い避難民を抱えたこの長い陣形では、自分が他の集団を迎撃しに動けば、後ろから民たちが確実に肉塊に変えられる。


 完全に狙い澄まされた、同時多発的な挟撃。

 敵の圧倒的な機動力と予想外の知略に、その接近をあらかじめ知っていながらも、包囲されるのを物理的に防ぎきることは不可能だった。


「来るぞ! 前方、中央、後方から何かが急接近してくる! 気をつけろ!」


 ゼクスの放った鋭い警告の声が、風に乗って陣形全体へと響き渡る。

 即座に、中央から前方へとその緊迫が伝染していった。


「そんな……こんな同時になんて……っ!」


 後方を振り返ろうとしたエレノアが、挟撃を悟って絶望の声を漏らす。ほぼ同時に、中央の側面と前方の茂みを引き裂き、青い皮膚を持った魔族たちが一斉に姿を現した。人間では考えられない速度で、牙を剥いてこちらへ殺到してくる。


 ゼクスは、自身の前に立ち塞がる『二本の角』を生やした明らかに知性の高そうな魔族を静かに睨みつけた。


 ここで、周囲の民を巻き込みかねないあれを軽率に使うわけにはいかない。かといって、他の魔術の有効射程まで引き付けるには、まだ距離がある。だからといって、ここから離れて前方に加勢に行けば、殿の守りが崩壊する。

 動けない。ゼクスは焦燥を押し殺しながら、中央のセシルたちの様子へと視線を走らせた。


 だが、その心配は一瞬で杞憂へと変わる。

 中央の民たちに迫る多数の魔族を、セシルはその冷め切った瞳で静かに見据えていた。


「──私の、スーちゃんの道を邪魔しないで!」


 小さな唇から呪詛のように紡がれた言葉とともに、セシルは両手を前方へと掲げた。

 次の瞬間、空間そのものが凍りつくような魔力 が膨れ上がる。側面に迫ってくるすべての魔族を包み込み、視界を完全に白く染め上げるほどの、超大規模な水魔術だけで織りなす──『ヘイルストーム』が解き放たれた。


 吹き荒れる暴力的な氷嵐。逃げ惑う間すら与えず、迫ってきていた魔族たちの頑強な肉体を、鋭利な氷の刃が無慈悲に蹂躙し、切り裂き、一瞬にして絶命させていく。

 美しいまでの奇跡の嵐に、避難民たちからは恐怖を忘れたかのような歓声が沸き起こった。


 一方、最前線では、美月がその意地を爆発させていた。


「フィジカルアップ……三倍っ!」


 魔術によって自身の身体能力を一気に三倍へと跳ね上げる。

 美月は前方の戦力のほとんどをたった一人で引き受け、華麗に舞うように立ち回っていた。

 向かってくる魔族の禍々しい魔術を正面から正確に相殺しては、着実にその数を減らしていく。

 美月が撃ち漏らし、民の方へと向かおうとする魔術や魔族に対して、エレノアが必死に魔術を構えて相殺に回っていた。繰り広げられる、息を呑むような激しい撃ち合い。


(な、何なのよこいつ……! たった一人で、私と同じか、それ以上に強いなんて……! こんなことって……!)


 エルメリア王国のエリートであるはずだった自分が、必死に防戦に回るのが精一杯な中、目の前で魔族を次々と屠っていく美月の異常な強さに、エレノアは戦慄を禁じ得なかった。

(この子、いつの間にこんなに強くなったの……!?)


 だが、美月の感覚はさらに研ぎ澄まされていた。エレノアが対峙している魔族の背後を、彼女は容赦なく見据え、地中から鋭利な岩の槍を突き上げさせる。


「──『アースニードル』!」


 ドスッ、と鈍い音を立てて、土魔術が魔族の肉体を無慈悲に穿った。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


 美月は激しく息を荒くしながら、前方の敵がすべて物言わぬ塊に変わったことを確認する。

 身体が引きちぎれそうなほどの負荷に耐え、泥だらけになりながら、私は戦い抜いた。見て、涼翔。私、ちゃんと役に立てたよ──そんな、すがるような期待を胸に、美月はゆっくりと、後方の街道を振り返った。


 ──だが。

 美月が振り返ったその瞬間、遥か後方の景色は、すでに静かに完結していた。


 そこには、美月のことなど最初から視界にすら入れていないかのようなゼクスの、冷たくも優しい背中だけがぽつんと見えていた。


 中央の魔族を壊滅させたセシルは、とっくにゼクスの元へと走り抜けていたのだ。

 彼は、自分の前にいた敵が、側面の仲間たちの崩壊を見てまるで統率された軍隊のように北へ撤退していく姿を睨みつけながら、その逞しい両腕ですでにセシルの小さな身体を優しく抱き上げ視線を落としていた。


 超大規模魔術の反動で、尋常ではない冷や汗を流し、魔力枯渇を起こしかけているセシル。

 彼女が大丈夫と言わんばかりに治癒を開始しようとするがゼクスは優しく首を振った。

 敵を取り逃がす悔しさよりも、腕の中でぐったりとするようなセシルの身体を何よりも最優先に案じるように、その華奢な肩を包み込み、ただ愛おしそうに強く抱きすくめていた。


 ──静寂の戻った街道。

 三倍の身体強化を解き、泥だらけになって立ち尽くす美月の瞳に映り続けたのは。


 あれだけ前線で自分が命を削って戦い、ボロボロになって勝利を収めたというのに──その成果を見せることすら叶わず、ただ遠くで別の少女だけを優しく抱きしめている、ゼクスの後ろ姿だった。


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