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死んでも君を愛し続け、異世界まで追いかけて来た俺は、君の婚約を祝福する。─この嘘は貫き通す。君の為に強くなった俺は君の幸せをただ願う─  作者: 一斗
世界の理、女神の悪戯編

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幸福な再会の記録と絶望の再会の軌跡

「──『王国筆頭魔術師の肩書きを手に入れた私は、さっそく国王様にお願いした。「勇者様に会わせてください」と。理由は、色々悩んだけど、魔術師団長より強い模擬戦の相手がいない勇者様と、一度手合わせをしてみたいと言っておいた』

『国王様は、ちょうど勇者が手強い模擬戦の相手に飢えていたことも考慮して、あっさりと快諾してくれた。……明日、やっと、やっとしんちゃんにちゃんと会える! 本当に、本当に長かった……。嬉しくて、涙が止まらないよ……』」


 セシルの無垢な声が、過去の、死んでも恋人を渇望し続けた少女の涙を鮮烈に再現する。

 謁見の間は、先ほど大臣が叫んだ「魔王討伐の英雄マルル」の正体が、一途に恋人を追いかけてきた少女であるという事実に、完全に呑み込まれていた。


 そして、手記の朗読は、ついにその運命の再会の日へと進む。


「『──お互い、ちゃんとした自己紹介もできないまま始まった模擬戦。私はとりあえず、しんちゃんを完膚なきまでにボコボコにしておいた。だって、しょうがないじゃない! こないだは美女に囲まれて鼻の下を伸ばしてムカついていたのに、今度は王国の王女様と仲良く手を繋いで演習場に現れたんだから! しんちゃんのバカ! バカ真一郎! って思いながら、今までの鬱憤も全部込めてやっちゃった』」


 手記の中の、あまりにも微笑ましく、けれど規格外な少女の嫉妬に、貴族たちから小さな失笑が漏れる。

 だが、ゼクスのすぐ隣にいる美月だけは、完全にトドメを刺されていた。


 間違いない。ここに綴られているのは、自分たちと同じ「日本から来た人間」の、偽りのない真実の記録だ。

 美月は強張る胸を両手で押さえ、痛いほどの心臓の鼓動を聞きながら、セシルの唇を見つめ続けた。


「『ボコボコにされて地面にひっくり返っているしんちゃんに、私は近づいた。大好きなしんちゃんに正体を明かしたくて……私はこの世界ではまだ公表していない彼の本当の名前──「東真一郎くん」って、あっちの世界の名前で呼んであげた』

『しんちゃんは、どうしてその名前をこの見知らぬ少女が知っているんだって、顔を真っ青にして動揺しきっていた』

『だから私は、全部を打ち明けた──私はマリカだよ。佐野茉莉香。しんちゃんが突然行方不明になって、心配で、心配で、ずっと探してたら……事故に遭って、死んじゃったんだ。けどね、魂が消えゆく際に女神様が教えてくれた。しんちゃんはこの世界に「転移」したんだよって。そして、私をこの世界に「転生」させてくれるって』

『なんでもするから!ってお願いしたら、なぜか少し前の過去の時代に転生させてくれた。きっと、しんちゃんと再会するときのために、私がこの世界で成長する時間を逆算して、年齢を合わせるための女神様の粋な計らいだったんだと思う』」


 ──過去への転生。

 女神の計らいによる、年齢を合わせるための時間遡行。


 その事実が突きつけられた瞬間、ゼクスの身体が、にわかに弾かれたように強張った。


(──俺と、同じだ)


 美月が召喚される十四年も前に、赤ん坊としてこの世界に生まれ落ちた自分。それが、ただの偶然でもバグでもなく、この手記の少女と「全く同じ理」によって引き起こされた現象なのだと、ゼクスは完全に理解させられていた。


 手記の主──マルル。

 彼女は、愛する人を追って魂だけで転生し、過去の時間を遡って理外の力を蓄え、整理し、そして、最愛の恋人と再会を果たした。


「『しんちゃんは、私の支離滅裂な話を、黙ってじっと聞いてくれていた。目を見開いたまま、最初は信じられないって顔をしていたけれど……私の本当の名前を聞いて、最後はちゃんと信じてくれた。しんちゃんは、……バカ、と言いながら、私の小さな身体を壊れそうなくらいぎゅっと抱きしめてくれた』」


 セシルの声が、一際優しく、感情を帯びて広間に響き渡る。


「『──やっと、やっと報われた。私はしんちゃんの胸の中で、声を上げていっぱい泣いちゃった。周りで見ていた魔術師団の皆や王女様は、「何が起こっているんだ!?」ってものすごくびっくりしていたけれど、そんなのどうでもよかった。とにかく、いっぱい、いっぱい泣いちゃった……』」


 手記の朗読が、ひとつの幸福な結末を迎える。

 それは、周囲の目をはばからず、ただ純粋にお互いを求め合い、抱きしめ合って涙を流した、恋人たちの美しい再会の記録だった。


 だが──その美しすぎる手記の内容は、現在の謁見の間にいる美月にとって、あまりにも残酷な毒液だった。


 かつて自分がどれほど望み、夢にまで見た「涼翔との再会」。

 けれど、自分たちが実際に迎えた再会は、こんな風に抱き合って泣けるような綺麗なものではなかった。

 自分はエドワードの手を取り、涼翔はセシルという完璧な幼馴染を隣に置き、お互いに過去をはぐらかし、醜く擦り付け合い、ドス黒い未練と後悔だけをくすぶらせていた。


(どうして……どうして私たちは、この人たちみたいになれなかったの……っ?)

 答えは分かっている。あの時、自分がエドワードの手を取り、幸せそうに発表したから。なのに今さら、一途に生きたこの人たちを羨んでいる。その資格が、自分にあるのかどうかも分からないまま──。

 手記の中の二人が一途であればあるほど、自分たちの歪んだ現状が醜悪に浮き彫りになり、美月の心はギリギリと音を立てて内側から削り取られていく。

 あまりの精神的苦痛に呼吸の仕方を忘れ、視界がチカチカと暗転し始めていた。



 激しい目眩を覚える美月の視界の端で──。

 手記を読み続けているセシルが、ふぅ、と小さく愛らしい吐息を漏らし、完璧な婚約者の微笑みを張り付けたまま、美月の「絶望に歪む顔」をじっと見つめていた。

 恐怖に震え、涙を溜めて窒息しかけている泥棒猫の顔。それを見た瞬間、セシルの脳内には、極上の麻薬を流し込まれたようなドス黒い快感が突き抜けた。

( そう、もっと惨めに泣きなさい。でも、本当に絶望するのはここからだよ?その汚い希望を粉々に噛み砕いてあげるから)


 セシルの瞳の奥で、真っ黒な愉悦の炎が静かに揺らめく。

 美月を奈落の底へと突き落とす「本当の爆弾」が書かれた次からが本番だ。

 セシルの細い指先が、ゆっくりと次のページへと掛けられた──。


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