先祖の告白、暴かれ始める転生
「──お話中、大変申し訳ございません!」
静まり返る謁見の間に、鈴を転がすような愛らしい声が響き渡る。
視線が一斉に集まるなか、セシルは小走りでゼクスの隣へと駆け寄り、ぴったりとその身を寄せた。ゼクスは突然現れた婚約者に一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに優しく微笑み、国王へ向けて話を戻した。
「陛下。この書物、よろしければ一度お預かりいただき、王国の歴史と照合していただいて構いません」
ゼクスが恭しく差し出した帝国の古書を、進み出た文官が受け取り、そのまま大臣の元へと運ぶ。国王はその様子を見据えながら、短く顎を引いた。
「うむ。大臣よ、その場で少し照合しておいてくれ」
「ははっ、ただちに」
「──どのみち」
国王は背もたれに深く身体を預け、謁見の間を見渡しながら重々しく言葉を継いだ。
「我らは、ゼクスが帝国との和平、および交易の後ろ盾になってくれるというのであれば、最初からその条件を受け入れるつもりでおった。最強の英雄が両国の間に立つというのであれば、これ以上の安全保障はないからな」
国王のその言葉に、好戦派の貴族たちも、もはや反論の言葉を失ってうつむくしかなかった。
ゼクスは真っ直ぐに玉座を見据え、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。両国に真の平和が訪れるよう、俺も微力ながら頑張ります」
「ああ。これからの両国の架け橋として、よろしく頼むぞ」
「はい。全力を尽くします」
ゼクスが力強く応じる。その頼もしい横顔を、美月はすがるような目で見つめていた。
しかし、国王の表情は依然として険しいままだった。
「しかし……魔族、とな。にわかには信じがたいが……どうじゃ、大臣よ。何か分かったか?」
古書をめくっていた大臣が、苦虫を嚙み潰したような顔で眼鏡を押し上げた。
「はっ……一応、今のところは我が国の歴史の記述とも大枠で整合しているようですが……。いや、しかし、何分これまで帝国と手を取り合って歩んできたわけではございませぬ。照合できる箇所が少なく、この書物が本物であるという確実な証拠としては、いささか言いにくいですな」
やはり、他国の歴史書だけでは決定打に欠ける。大広間に再び不穏な空気が流れかけた、その時だった。
ゼクスの隣で大人しく控えていたセシルが、これ以上ないほどタイミングよく、控えめに手を挙げた。
「それなら……陛下。昨日、パパから手渡されたこの、私の御先祖様の手記も、何かお役に立てるかもしれません」
「何、先祖の手記だと?」
「はい。私がこうして治癒の魔術を使えるルーツも書かれていて……確か、パパから『魔族の話も載っている』と聞いたことがあります」
セシルのその言葉に、ゼクスはハッとして彼女の横顔を見つめた。
(前にハンスが言っていた、異界の者と魔族について書かれているという先祖の手記のことか……。セシル、俺のためにわざわざ気にして、ハンスに頼んでおいてくれたのか……)
自分の知らないところで、健気に自分を支えようとしてくれていた婚約者の優しさ。
ゼクスの胸に、セシルへの深い感謝が湧き上がる。
「ほう……使えるものがいないはずの治癒術師のルーツか。確かに貴重な資料じゃ。非常に大事なものだろうが……セシルよ、今ここでその一部を読み上げてもらっても構わぬか?」
「はい、喜んで」
セシルは可憐に微笑むと、両手で大切に抱えていた革袋の紐を解いた。
隣に立つ美月の顔が、恐怖と嫌悪で限界まで強張っていくのを、セシルは視界の端で確かに捉えていた。
胸の奥から湧き上がる、ぞっとするような暗い歓喜。
中から現れたのは、代々大切に書き写され、受け継がれてきた古びた一冊の手記。セシルはそれをそっと開き、細い指先でページをめくっていく。
「じゃあ、読みますね……」
一呼吸置き、セシルが紡ぎ出したその一文目は──。
美月の、そしてゼクスの運命を狂わせる、最悪の劇薬だった。
「『──私は転生者だ。元の世界で行方不明になっていた恋人を探している途中、不慮の事故で命を落とした。だがその魂が消えゆく際、女神から、恋人がこの世界に「召喚」されたと聞かされた。私は女神に泣きつき、頼み込んで、この世界に魂だけを転生させることを許された』」
「……っ!?」
(恋人を追って……魂だけが、転生した……?)
ドクン、と、美月の心臓が内側から鋭利な刃物で引き裂かれそうなほど激しく脈打った。
世界が、ぐにゃりと歪む。耳の奥で、キーンと甲高い耳鳴りが鳴り響いて止まらない。
転生者。恋人。召喚。
あまりにも自分たちそのものであるその単語の羅列に、美月の身体は目に見えてガタガタと震え始めた。
頭の芯が沸騰したように熱くなり、逆に全身の毛穴からは、氷水のような冷や汗がドッと噴き出していく。
それは、今まさに自分の隣にいる「涼翔」と全く同じ状況。
──ということは、この手記の続きには、私がさっき抱いたあの恐ろしい疑問の答えが、すべて書かれているのではないか。
美月は呼吸を忘れ、目を見開いたまま完全に凝固していた。
ゼクスもまた、隣で淡々と手記を読み上げるセシルの姿を、ただじっと見つめ続けていた。その瞳の奥に、言葉にできない奇妙な緊張感が走る。
そんな二人の動揺などどこ吹く風で、セシルはどこまでも無垢な、澄んだ声で次のページを読み進めていく。
美月の絶望に満ちた横顔を確認しながら、セシルの胸中では、ドス黒い優越感が爆発していた。
(ねぇ、どんな気持ち? これだけの情報があれば、スーちゃんが帰れないってこと、薄々察しちゃったんだよね?でも、安心して。ちゃんと最後まで読んで事実を突きつけてあげるから……!)
その歪んでしまった心を完璧な聖女の仮面で覆い隠したまま、セシルは可憐な声で次のページを読み進めていく。
「『女神が言うには、近い将来、この世界には大いなる危機が訪れる。だから、後に召喚される彼と一緒に世界を守りなさい。そのために、それだけの理外の力をつけなさい、と。そう告げられ、私は幼い頃から、死に物狂いで魔術の鍛錬に励み続けた……』」
静まり返る謁見の間に、先祖の遺した、あまりにも生々しい「転生者」の告白が響き渡り続ける──。




