表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死んでも君を愛し続け、異世界まで追いかけて来た俺は、君の婚約を祝福する。─この嘘は貫き通す。君の為に強くなった俺は君の幸せをただ願う─  作者: 一斗
世界の理、女神の悪戯編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

150/162

脳髄を揺るがす帰還、円卓に渦巻く算盤

 夜の帳がしらじらと明け始めたころ。

 静まり返っていた王都の城門を叩き割るかのような、激しい蹄の音が響き渡った。


 前哨基地から不眠不休で駆け抜けてきた早馬の兵士が、汗と泥にまみれた姿のまま、玉座の間へと飛び込んでくる。その狂気じみた形相の王国兵がもたらした報告は、迎えた王族や重鎮たちの脳髄を激しく揺るがすものだった。


「──報告いたします! 行方不明となっていた英雄ゼクス殿、ならびにセシル殿が、無事帰還されました! 現在、帝国の魔術師団副長イレイア以下、帝国の御者と共に馬車を伴い、王都へと向かっております! ゼクス殿の意向は──帝国との『和平交渉』にございます!」


 緊急で通された謁見の間にその言葉が落ちた瞬間、張り詰めていた空気に爆発的な動揺が走った。

 つい数日前まで、この国を滅ぼそうと猛威を振るっていた帝国。その敵国の要人を、あろうことか行方不明だった英雄が連れ帰ってきたという前代未聞の不条理。


 事態を重く見た国王の命により、すぐさま最高緊急会議が招集された。

 重厚な円卓を囲むのは、青ざめた王族たちと官僚。そして、魔術師団長キュラム、副長エレノア、騎士団長レイヴン、副長ヴォルフガングといった、王国の武の最高峰たちだった。


「……帝国が、我が国と和平を結びたい、か。皆、この事態をどう見る」


 上座に座る国王の、低く掠れた声が会議室に響く。

 最初に怒りを爆発させたのは、騎士団長レイヴンだった。拳を机に叩きつけんばかりに顔を歪める。


「ふざけおって……! ゼクス殿に敵わないと見るや、手の平を返しやがって! そもそも、奴らが一方的に我が国を侵略し、すべてを奪いにきていたくせに、今更どの面を下げて和平などと言い出すのか!」


 憤怒に震えるレイヴンの横で、第一王子エドワードは、冷酷な侮蔑を瞳に宿して小さく鼻で笑った。


「ゼクスめ、帝国に飼い慣らされるとはな……。英雄と持て囃されてはいるが、中身はまだまだ未熟な子供ということか。敵の甘言に惑わされ、今更帝国と和平交渉など、私には到底認められん……!」


 エドワードは組んだ指に力を込め、奥歯を噛み締める。その胸の奥に渦巻くのは、ゼクスへの激しい嫉妬と、独善的な憤りだった。

(美月を、私の大切な婚約者を何度も傷つけた帝国に懐柔されるなど……。ゼクス、お前が美月を想う気持ちはその程度だったのか。底が知れるな。やはり美月の隣に立つべきなのは、この私だ)


 そんな弟の青臭い言葉を、冷や汗を流しながら苦々しく聞いていたのは、その腹違いの兄、第二王子ライオネルだった。彼は必死に、引きつりそうになる顔の筋肉を制御して口を開く。


「だが、エドワードよ。ゼクス殿はあの狙撃の際、帝国の敗残兵を追撃することを我らに許さなかった……。奴はとんでもない平和主義者、悪く言えば、身内にすら牙を剥きかねない怪物だ。今ここで、我らが和平に異を唱え、ゼクス殿にご助力を願ったとして、力を借りるどころか我らが『悪』と断じられるのではないか?」


 その言葉は、一見するとゼクスの理不尽なまでの破壊力と正義感を恐れての忠告に見えた。だが、ライオネルの内心は、別の意味で破滅の瀬戸際であり、生きた心地がしていなかった。

(私と帝国との密約は、ゼクスたちには伝わっていないはずだ……。あの能天気な平和主義者なら、帝国側の言い分を真に受けて、五分五分の和平交渉をこじつけられているに違いない。なれば、帝国としても私を今すぐ切り捨てる必要はなく、今後も内通者としての利用価値があると見て、私の裏切りは伏せられたまま進むはず……! なんとか、なんとか首の皮一枚は繋がったか……!)

 脇の下からドッと不快な冷や汗が伝い落ちるのを感じながら、ライオネルは心の中で醜く狂喜していた。

 己の保身を考え、この短慮なエドワードから王位を奪い、王国を発展させるために。

 

 そんな王族たちの醜い勘ぐりと化かし合いを、魔術師団長キュラムは、すべてを見透かしたような酷薄な笑みで一蹴した。


「でしょうね……。私もライオネル王子の仰る通りになると思いますよ。あの傲慢な大国が、内実ではゼクス殿一人に怯えきっているというのに、持ちかけてくるのはきっと『五分五分』の和平交渉……。なんとも傑作な話ですが、──我々に拒否権などありませんよ」


「キュラム、それはどういう意味じゃ」


 国王の問いに、キュラムは肩をすくめて淡々と事実を突きつける。


「文字通りの意味ですよ。結局のところ、我が王国は、あの青年一人に守られたに過ぎないのです。彼が『和平を通す』と言えば、それが世界のルールになる。私たちはただ、あの英雄の決定に従うしかないのですよ」


 その冷徹な現実に、会議室の空気が重く沈み込む。王族としてのプライドを粉砕され、誰もが押し黙る中、張り詰めた空気を笑い飛ばしたのは騎士団副長のヴォルフガングだった。


「ははっ、まぁいいじゃないですか、堅いこと言わずに。これから帝国に怯えずに済む。何より、これ以上無駄に兵士を死なさなくて済むんですから。俺はゼクスに感謝しますよ」


「……そうですね。ゼクスやセシルがいなければ、もともと私たちはあの王都襲撃の時点で、確実に敗北していました。あの二人が繋いでくれた命です。今更、その決定に不満を抱く資格など、私たちにはないと思います」


 エレノアが、毅然とした声でヴォルフガングに同意した。あの凄惨な戦いで命を救われた者だからこそ、ゼクスの出した「和平」という答えの重みが、誰よりも痛いほどに分かっていた。


 沈黙が、再び円卓を支配する。

 誰もが、ゼクスという巨大すぎる存在の影に怯え、あるいは救われ、その帰還を待つしかない。


 やがて、円卓の最上座でずっと目を閉じていた国王が、ゆっくりと、しかし確固たる重みを含んだ双眸を開いた。


「……皆の言い分、しかと聞いた。主らの言う通り、あの若者がもたらす結果がどうあれ、我が王国はすでに、あの英雄の天秤の上に乗せられておる。ならば、王としての余の役目は一つしか用意されておらん。──全軍に通達せよ。英雄ゼクスと、帝国の使節団を『最上級の国賓』として迎え入れる準備をせよ。不穏な動きを見せる者は、我が直属の兵をもって、誰であれ即座に叩き斬る」


 国王の冷徹な一言が、会議の終幕を告げた。

 エドワードが悔しげに拳を握り締め、ライオネルが胸を撫で下ろす。


 英雄の帰還という名の、不条理な凱旋。

 その馬車が王都の門をくぐる刻は、すぐそこまで迫っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ