黄金の一週間と、忍び寄る独占欲。――安らぎの終わりは、再会の鐘と共に
王都エルメリアの街並みは、どこまでも眩しく、活気に満ちていた。
学院入学までのわずかな猶予。俺とセシルは、まるで恋人のように寄り添い、王都の至る所を巡った。
賑やかな市場、陽光に煌めく公園の池。
隣で笑うセシルの笑顔は、俺の心を穏やかに、そして確実に麻痺させていく。
「私だけを見ていればいいんだよ?」
暗闇の中で囁かれた、彼女の真意も知らず。
俺は「美月に会いたい」という願いを胸に、最後の一夜を過ごす。
明日、白亜の門が開く。
そこで俺を待っているのは、希望か、それとも――。
検分から明けた翌日。ゼクスとセシルは、生活用品を揃えるという名目で王都『エルメリア』の目抜き通りへと繰り出していた。
二人の懐は、かつて辺境を騒がせた災厄『ギガント・フェンリル』の討伐報奨金と、その希少な素材を売却した莫大な金の一部で潤っていた。村を出る際、ハンスたちが「生活費だ」としてセシルに預けたその額は、一般的な平民が一生遊んで暮らせるほどのもので、二人が王都で暮らすには十分すぎるものだった。
「……見て、スーちゃん! あそこで配ってるの、昨日のことじゃない?」
セシルが指差した先では、号外配りの少年たちが大声を張り上げていた。
『――号外だ! 学院に史上最強の特待生現る! 両副長に膝をつかせた、謎の少年魔導騎士!――』
受け取った紙面には、ゼクスの容姿を克明に記した記事が踊っていた。昨日の検分を目撃した者たちの証言により、彼は一夜にして王都の「有名人」へと押し上げられていたのだ。
「うわ……。本当に俺のことだ。……セシル、あまり目立たないように歩こう」
「ふふっ、もう遅いよ。……ほら、私たちが離れないように、ちゃんと捕まえててね?」
セシルは当然のようにゼクスの逞しい腕を引き寄せ、自分の胸元に抱え込むようにして密着させた。
こうして始まった、入学式までの「黄金の一週間」。
セシルに連れられ、王都のあらゆる場所を巡った。
活気あふれる中央市場での食べ歩き。ゼクスが前世の知識を動員して選ぶ食材を、セシルが楽しそうにカゴへ放り込んでいく。
午後は、王都の貴族たちも通うという広大な中央公園の池で、貸しボートに揺られた。
「スーちゃん、こっちこっち! ほら、あっちのハクチョウが綺麗だよ!」
「お、おいセシル、あんまり身を乗り出すな。揺れるから……っ」
ボートを漕ぐゼクスの姿を、セシルは愛おしそうに眺めていた。水面に反射する陽光よりも眩しい彼女の笑顔に、ゼクスは時折、胸の奥が締め付けられるような錯覚を覚える。
「美月を探す」という目的は、常に頭の片隅にある。だが、目の前で自分だけに向けられるセシルの献身的な愛情と、共有する穏やかな時間は、確実に彼の心を甘やかに、溶かしていた。
夜。同じ部屋に置かれた二つのベッド。
カーテン越しに差し込む月光の下、すぐ隣のベッドから聞こえるセシルの規則正しい寝息を感じながら、ゼクスは思考を巡らせる。
(……こんなに幸せでいいんだろうか。……早く美月を見つけなければいけないというのに)
その期待は、彼にとっての希望であり、同時に「今の幸せ」を壊しかねない不安でもあった。
一方、セシルは暗闇の中で薄く目を開け、隣で悩ましげな表情を浮かべるゼクスの横顔を、じっと見つめていた。
(……スーちゃん。明日も、明後日も、その先もずっと。私だけを見ていればいいんだよ?)
そんな彼女の「願い」を知る由もなく、ゼクスは心地よい疲労に身を任せ、眠りへと落ちていった。
一週間という、短くもあまりに甘い猶予期間。
それは、最愛の人との再会が「最悪の絶望」へと変わるまでの、最後の安らぎだった。
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