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死んでも君を愛し続け、異世界まで追いかけて来た俺は、君の婚約を祝福する。─この嘘は貫き通す。君の為に強くなった俺は君の幸せをただ願う─  作者: 一斗
世界の理、女神の悪戯編

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示された因果、静寂に沈む全属性使い

 埃を払った指先の下で、古びた紙面に刻まれた異世界の記録が、生々しく二人の視界に浮かび上がる。


 そこに記されていたのは、この世界の過去の光景だった。

 かつて絶え間なく続いていた国同士の凄惨な争い。

 異界の者の最強の力に奢った我が国はがむしゃらに攻め、敗北する。

 だが、平等な和平を結び、世界に最初の平和をもたらしたのは、王国に現れた最強の魔術師と、王国にも現れた、異なる世界から現れた『異界の者』の慈悲によるものだった。


 しかし、平和は長くは続かなかった。突如として北の大陸で、圧倒的な力で世界を蹂躙し始めた『魔族』という名の脅威。


 絶壁の山を越えた先で、混迷を極める戦局の中、異界の者達と共に前線に立ち、世界を救った存在。  

 治癒の業こそ使えぬものの、万物の全属性の魔術を従える『唯一の者、王国筆頭魔術師マルル』。その者は異界の者達を凌駕する実力を持っていた。

 激しい死闘の末、異界の者達とマルルは共に魔王を討伐し、世界に再び安寧をもたらした。


 ──そして、記述の最後にある一節が、ゼクスの目を釘付けにする。


『魔王討伐の後に、生き残った異界の者は数刻と経たぬうちに光に包まれて消え去り、最強と謳われた全属性使いもまた、数年後に忽然と行方をくらました』


 沈黙が、書物庫の重い空気をさらに圧迫する。

 ゼクスは隣に立つセシルと顔を見合わせ、掠れた声音で問いかけた。


「……討伐の直後に、光に包まれて消えた? だとしたら、その『異界の者』のルールに、俺も入るのだろうか……」


(美月は必ず帰れるんだ⋯⋯美月の婚約を気にする必要はなくなる──だが、今の俺はもう⋯⋯)

 心に蓋をする。セシルに悟られないように。


「わからない……。けど、もしこれが本当なら、元の世界に帰る手段は、自分で選択することはできなさそうだね……」


 セシルは、ゼクスの腕にすがりつきながら、痛々しいほどに表情を曇らせる。

 だが、その胸の奥では、弾けるような歓喜の叫びが響き渡っていた。

(よかった……! この記述なら、今のスーちゃんは美月様を選ばない……!)

 もし歴史書に、全属性使いが異界の者と一緒に光に包まれて帰った、なんて嘘が書かれていたら。

 スーちゃんが今すぐ美月様の手を取って、私の手の届かない世界へ消えてしまうかもしれないと、生きた心地がしなかった。

 けれど、これを読んだだけじゃ、転生者のスーちゃんが美月様と一緒に帰れるなんてどこにも書かれていない。

 なら、私ともういるかもしれない子どものために、ここに残ると誓った今のスーちゃんは、あの泥棒猫の元へなど絶対に行かない。その確信が、セシルの心を甘美に満たしていく。

 そんな彼女の歪んだ安堵など知る由もないゼクスは、歴史書の言葉を反芻しながら、自身の脳裏に響いたあの声を思い出していた。


「魔族とか、魔王……。そうか、女神が俺に『世界を守れ』と言っていたのは、このことだったのか……」


 点と点が最悪の形で繋がっていく。

 美月を元の世界に無事に帰すためには、この世界に迫る魔族の脅威を退けなければならない。しかし、それを成し遂げた瞬間、今度は強制的に光に包まれて引き離されるかもしれないのだ。


「ねえ、スーちゃん……」


 セシルが不安げに、けれどどこか畏怖の混じった、ゼクスを誇るような瞳で彼を見上げた。


「この歴史書に書かれている、世界に生誕していた唯一の『最強と謳われた全属性使い』って……まるで、いまのスーちゃんみたいじゃない……?」


 その言葉に、ゼクスはハッとしたように、少し離れた場所で立ち尽くしていたラミルへと視線を向けた。ちょうど、息を潜めていたラミルと真っ直ぐに目が合う。


「ラミル、お前に聞きたい。この世界において、全属性の魔術を扱えた人間は、歴史上にこの『唯一の者』以外に存在したのか?」


「……いえ。私の知る限り、後にも先にも、全属性を完全に御した人間などその御方以外には存在しません。……ゼクスさん、貴方を除いては」


 ラミルは、背筋を伝う冷や汗を隠せないまま、確信を込めて答えた。


「そうか……ありがとう」


 ゼクスは静かに息を吐き出すと、本を閉じて前を見据えた。

(もしかしたら……マルルは⋯⋯そして俺は……)

 脳裏をよぎった微かな仮説を振り払うように頭を振ると、彼は言葉を続けた。


「目当ての本は見つかった。ここでの用は終わりだ。ひとまず帝国の食糧事情をなんとか解決したら、俺は国へ戻るよ。……ラミル、もし可能なら、この歴史書を譲ってもらえるか、後で皇帝に聞いておいてくれないか?」


「承知いたしました。……お役に立てたようで、なによりです」


 ラミルは、ゼクスの隣で未だに底の知れない気配をまとっているセシルの顔色を、恐る恐る窺いながら深く頭を下げた。


 その横で、セシルはなおも不安そうな表情を浮かべたまま、ゼクスの衣服をぎゅっと握りしめて身体を押し付ける。


「スーちゃん……もし魔王を倒したら、スーちゃんまでいなくなっちゃうかもしれないなんて、私……こわいよ……。お願いだから、どこにも行かないで……」


 震える少女の肩を、ゼクスはただ痛ましげに、愛おしそうに抱きしめることしかできなかった。


「何か、他に手がかりがあればいいんだけどな……。これ以上の確証が得られるような書物なんて、きっともう他にないだろうな……」


 歴史書が並ぶ静寂の闇の中で、ゼクスは美月への想いと、セシルへの生涯の誓い、そして世界が突きつけてきたあまりにも重い因果の前に、ただ深く、思考を沈めていくのだった。


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