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死んでも君を愛し続け、異世界まで追いかけて来た俺は、君の婚約を祝福する。─この嘘は貫き通す。君の為に強くなった俺は君の幸せをただ願う─  作者: 一斗
世界の理、女神の悪戯編

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氷結の回廊、温度の消えた問いかけ

 翌朝。

 まだ朝露の残る邸宅の前に、馬車と共に現れたラミルは、見るからにひどく疲れ切った顔をしていた。目の下に薄い隈を刻んだ彼女は、ゼクスとセシルの姿を認めると、深く溜息を吐きながら頭を下げた。


「……おはようございます、ゼクスさん、セシル殿。昨日はあの後、案の定、雷鳴を聞きつけた帝国の守備兵が押し寄せてきまして。弁明し、なんとか納得していただけましたが……」


「それは災難だったね、ラミル。ありがとう」


 ゼクスが申し訳なさそうに苦笑する。

 ラミルはその笑顔に救われつつも、首を振って言葉を続けた。


「いえ……ですが、怪我の功名というべきでしょうか。建物の周囲に、国から正式な警備兵が配備されることになりました。これで皆の安全は心配いらないかと」


「そっか。それは良かった」


 ゼクスは満足そうに頷く。その隣で、セシルはふんと興味なさそうに視線を逸らしていた。

 彼女にとって、あの人たちの安全などどうでもいい。ただ、昨晩のゼクスとの二人きりの時間を邪魔されなかったことだけが、ラミルに対する唯一の評価だった。


「ラミル、今日は帝国の蔵書を読みに行っても構わないだろうか?」


「蔵書、ですか? ええ、皇帝陛下からの許可は得ておりますので、もちろんです。それでは城へ向かいましょう」


 再び馬車に乗り込み、一行は城へと向かった。


 ──だが、重厚な城の回廊を歩いていたその時、前方から不機嫌そうに肩を揺らして歩いてくる男と鉢合わせした。

 拓真だった。

 拓真はゼクスたちに気付くとピタリと足を止め、その顔を一瞬にして屈辱と怒りで歪ませた。

 特に、ゼクスを恨み敵対していたはずのラミルが、ゼクスと親しげに並んで歩いているのを見た瞬間、その濁った瞳が邪悪に細められる。


「……よう。ラミル、お前、今度はこの化け物に乗り換えたのかよ」


 その侮蔑に満ちた言葉に、ラミルの表情が苦々しく変わる。

 ゼクスとの間に生まれつつある新たな信頼。そして、たとえ歪んでいても兵士たちを必死に治癒し救ってくれた拓真への深い敬愛。その双方がこれ以上泥を塗られることを防ぐため、ラミルは必死に公的な態度を装った。


「拓真殿、そのようなことは決してありません。私は皇帝陛下に命じられ、現在は滞在中のゼクス殿の警護、および監視の任務に就いているのみです」


「監視ぃ? どの口が言ってやがる──」


「拓真」


 冷ややかに遮ったのは、ゼクスだった。

 ゼクスは一歩前に出ると、一切の感情を削ぎ落とした瞳で拓真を見下ろした。その声音には、昨日ラミルと紡いだ温かい和解の気配など微塵も残っていない。


「昨日はすまなかった」


「……あ?」


 予想外の謝罪に、拓真が一瞬だけ呆気にとられる。だが、ゼクスの瞳の奥にある絶対的な冷徹さは、微塵も揺らいでいなかった。


「だけど──もしまた、俺の大事なものを奪おうとしたら、あれ以上酷い目に合わせて殺すからな」


 感情の起伏すら排除された、平坦で、だからこそ絶対的な死線を感じさせる声音。

 サラリと告げられた言葉の直後、回廊の空気が物理的に凍りついた。

 ゼクスの全身から立ち上る、肌を裂くような濃厚な殺意の波動。

 拓真の脳裏に、昨日味わったあの地獄のような拷問の記憶が鮮烈に呼び覚まされる。

 肉体が、魂が、あの時の激痛を思い出してガタガタと震え出す。

 全身の骨が軋むような圧倒的な強者の重圧に、拓真の顔から急速に血の気が引いていった。

 この男は、本気だ。次はない。


「けっ……わかってるよ!」


 拓真は震える声を虚勢で誤魔化しながら、それ以上言葉を返すこともできず、逃げるように足早に演習場の方へと去っていった。


「スーちゃん」


 拓真の後ろ姿を見送りながら、セシルがゼクスの袖をそっと引き、鈴の鳴るような声で囁いた。


「あの人、やっぱり今のうちに殺しちゃったほうがいいんじゃない? またスーちゃんの邪魔をするかもしれないよ?」


 あまりにも気軽に、当たり前のように紡がれる殺害の提案。隣で聞いていたラミルは、背中に冷や汗が流れるのを自覚した。


「いや、今はもうその必要はないよ。……けど、もし次、再び牙を剥くようなことがあれば、その時は容赦するつもりはないから」


 ゼクスが淡々と答える。その瞳には、嘘も誇張もない。

(マズイ……拓真殿がこれ以上ゼクス殿の逆鱗に触れれば、今度こそ凄惨な結末を迎える……。後で拓真殿には、絶対に余計な真似をしないよう、私から強く、強く念押ししておかなくては……!)

 ラミルは内心でそう固く誓い、震える呼吸を整えた。


 その後、手続きを経て、帝国の地下深くにある広大な書物庫へと足を踏み入れた。

 見渡す限りの本棚に、膨大な魔術書や記録が並んでいる。

 ラミルは、あの規格外の魔術を操るゼクスのことだ、当然のように最深部にある魔術書を読み漁るものだと思い込んでいた。


 しかし──ゼクスは魔術書の一画には目もくれず、何かを切望するように、一目散に『歴史書』が並ぶ棚へと歩いていった。


(あれ……? 魔術書ではなく、歴史……?)


 ラミルが意外そうな顔で首を傾げる。

 そんなラミルの疑問を余所に、ゼクスは古い帝国の歴史が記された分厚い本を、まるで飢えたように次々とページをめくっていく。


「スーちゃん、私も手伝うね」


 セシルがトコトコと隣に並び、ゼクスの顔をじっと見上げた。その大きな瞳の奥に、言葉にできない暗い陰が、微かに揺らめいている。


「探してるのって、やっぱり……前に探してた本?」


「……うん」


 ゼクスが焦燥を隠すように本をめくる。だが、セシルの小さな手は、ゼクスの服の裾をぎゅっと、引きちぎらんばかりの力で握りしめていた。その指先が白く強張っていることに、ゼクスはまだ気づかない。


「ねえ、スーちゃん……」


 セシルの声から、完全に温度が消える。


「スーちゃんは──元の世界に、帰りたいの?」


 書物庫のひんやりとした静寂の中に、セシルの、世界を引き裂くほどの執着と不安が混じった問いかけが、重く、重く響き渡った───。



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