常識破りの秘密基地、見逃されぬ親愛の眼差し
「よし、じゃあ……まずはみんなが雨風を凌げる、まともな住居を建てないとね。即席だから、少し粗末な石造りになってしまうけど」
ゼクスはそう言いながら、おもむろに両手を荒れ地の地面へと向けた次の瞬間。
──ズゴゴゴゴゴゴゴ!!!
地鳴りのような轟音と共に、地面から、大人が両手で抱えきれないほど太く強固な「鉄柱」が、数十本も一斉に天に向かって突き出してきたのだ。
「な……っ!?!? て、鉄柱を、地面から直接……!?」
ラミルが絶叫に近い悲鳴を上げる。
だが、天災の神業はそれだけで終わらない。
ゼクスがさらに手のひらをかざすと、鉄柱の隙間を埋めるように、コンクリートさながらの状態の土が、凄まじい速度で鉄柱を巻き込みながら「壁」と「屋根」の形を形成していく。
ほんの数十秒前、ただの荒れ地だった場所。
そこには今、過剰な、何百人もの人間を収容できそうな、現代のビルを思わせるような、超頑強なコンクリート造りの要塞がそびえ立っていた。
「す、すごーーーーいっ!!」
「お兄ちゃん、かっこいいーー!!」
目を輝かせて飛び跳ねる子供たちの歓声の中、ラミルだけは、膝の力を完全に失ってその場にへたり込んでいた。
魔術の常識を遥かに超越している。
国を滅ぼす武力を持つ男が、今度は「無から一瞬で城を建てる」という、国家の根幹を揺るがす魔術を目の前で披露したのだ。
「あのお兄ちゃん、世界で一番かっこいいでしょー!」
子供たちに向かって、我がことのように誇らしげに胸を張るセシル。その顔には、満開の無邪気な笑顔が咲いている。
しかし──地べたに呆然自失としてへたり込んでいるラミルへ向けられた視線は、一瞬にして極寒のそれへと変貌した。
ゼクスに怯え、その偉大さを前に無様に腰を抜かしている哀れな女を、心の底から見下すような、決定的な格の違いを見せつける冷徹な一瞥。
「うん! 世界一かっこいい!」
「お兄ちゃんすごすぎるよ!」
子供たちもまた、口々にゼクスへの最大級の称賛をあげる。その純粋な賛辞に、セシルは最高に満足そうな笑みを浮かべていた。
「よし、セシル。次は中の内装をしないと。ラミルさん、まだ危ないから子供たちは中にいれないでくださいね」
「はーい!」
パタパタと小気味いい足音を立てて、嬉しそうにゼクスの後を駆けていくセシル。
腰を抜かしたまま地べたから動けないラミルをその場に置き去りにして、ゼクスとセシルは、今しがた創造されたばかりの巨大な建造物の中へと、仲良く足を踏み入れていった。
──それから、数分後。
「もう、スーちゃんったら! 大雑把に大部屋だけ作ったって、あれじゃあ男の子からも女の子の着替えが丸見えになっちゃうじゃない」
「あはは……ごめん、助かったよ、セシル」
そんな会話を交わしながら、ゼクスとセシルが早くも中から出てきた。セシルの的確な指摘によって、内部は男女のプライバシーにも配慮された、きちんとした間取りへと完璧に改造されていた。
そして、建物の前では、目を輝かせた子供たちが、まるで新しい秘密基地を見つけたかのように、その瞳を無邪気に輝かせて今か今かと待ち構えていた。
「ねえ、お兄ちゃん! もう中に入ってもいいの!?」
「ああ、もう大丈夫だよ」
ゼクスは屈み込み、子供たちと同じ目線で優しく微笑みかけた。
「今日からここが、君たちの新しい家だ」
「「わーーーいっ!!!」」
「すごーい!!」
「夢みたいだ!!」
弾かれたように建物へと駆け込んでいく子供たち。その背中からは、荒れ地に響き渡るほどの弾んだ歓声が途切れなく聞こえてくる。
(──そうだよな。本当は、子供ってこうじゃないといけないんだ……)
歓声を上げて喜ぶ子供たちの姿を見つめながら、ゼクスは静かに拳を握り締めた。
ここへ来る途中で見かけた、泥に塗れ、ただ明日死ぬのを待つかのように絶望していた子供の濁った瞳が脳裏をよぎる。
(あんな絶望した目は、絶対に間違ってる……!)
ゼクスの胸の内に宿る、理不尽への静かな憤り。
そんな彼の横顔を、ラミルが複雑な表情で見つめていた。
彼女は建物の頑強な壁に触れ、その信じられない密度の魔術の残滓に息を呑みながら、ゼクスに歩み寄る。
「……こんなに立派な住居を、ありがとうございます。ですが、ゼクス殿。これほど目立つ立派な建物を建ててしまえば、周囲の荒くれ者や悪質な貴族たちに『奪われかねません』。彼らは容赦なく牙を剥きますよ」
「まあ、そのあたりは皇帝様が尽力するって言ってたしね」
ゼクスはあっけらかんとした様子で肩をすくめた。
「きっと、国直属の優秀な兵士たちを回して警備してくれるでしょ」
(……皇帝陛下を、盾として直接動かすというのか……)
ラミルは絶句した。
ゼクスがただ国を脅かすだけでなく、皇帝すらも手玉に取り、この弱者たちの盾として機能させていこうとしている事実に、改めて戦慄する。この男の辞書には、「不可能」の文字がないのだろうか。
「そう、ですね……。陛下も約束しておりましたね。陛下が動かれるのであれば、誰も手は出せません」
「よし。じゃあ、とりあえず俺、一時凌ぎの食料の為に、ちょっとその辺で野鳥でも捕まえてくるよ。その間にラミルさんは、他の行き場のない人たちを集めてきてくれる? あとは、後で畑を作るから『種芋』の用意もお願いできるかな」
「──っ」
ラミルはハッとして目を見開いた。
本来の自分の役目は、この危険極まりない怪物を「監視」することも含まれている。一歩たりとも傍を離れてはいけないはずだった。
だが──目の前で、屈託のない笑みを浮かべて「みんなのために鳥を捕まえてくる」と言っている男を見て、ラミルは己の愚かさを悟る。
──監視なんて、最初から必要なかったのだ。
この男は、帝国を滅ぼすためではなく、本当に、ただ純粋に目の前の命を救おうとしている。その底なしの、恐怖すら覚えるほどの純粋な善意の前に、ラミルの警戒心は跡形もなく霧散していた。この男になら、すべてを委ねてもいいとさえ思わされてしまう。
「……わかりました。私は他の者たちを集め、種芋をかき集めて戻ります」
「うん、よろしくね」
ラミルは深く、今度は心からの敬意を込めて一礼すると、ゼクスに信頼の眼差しを向け、それぞれ別の方角へと歩き出した。
その瞳に宿った、仇への憎しみが溶けた後の、純粋な感謝と敬意の光。
──その瞬間。
ゼクスの隣に立つセシルは、ゼクスの方を一切見ることなく、ただ無言で、遠ざかっていくラミルの後ろ姿をじっと見つめていた。
(さっきの目……私、忠告したよね?)
ゼクスには絶対に気づかれないよう、静かに、けれど狂おしいほどの怒りと殺意をその胸の中で膨らませていく。
ラミルはその肌を刺すような致命的な殺意に思わず振り返り、恐怖に震えながらも深く頭を下げ、逃げるようにしてその場から駆けだしていった。
「セシル、行こうか」
「はいっ、スーちゃん! 」
ゼクスに声をかけられた瞬間、セシルは何事もなかったかのように愛らしく抱きつき、パッと世界一無邪気な笑顔を咲かせていた───。




