剥き出しの狂執、無邪気な子供たちと
邸宅を出てしばらく馬車に揺られた後、ゼクスたちは帝都の最も外縁に位置する、広大な土地へと到着した。
そこは草すらまばらにしか生えていない、見渡す限りの荒れ地だった。しかし──そこには、すでに数十人ほどの先客がいる。
泥や煤で汚れた衣服を身に纏い、痩せ細った体をした子供たちや老人。行き場を失った帝国の弱者たち。
彼らは馬車から降りてきたラミルの姿を認めるや否や、一斉に顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「ラミル様! こんにちは!」
「ラミルお姉ちゃん、お帰りなさい!」
「みんな、こんにちは。元気にしていた?」
先ほどまでゼクスたちに怯え、硬直していたラミルが、嘘のように穏やかで優しい微笑みを浮かべて子供たちの頭を撫でる。
その純粋な聖母のような横顔を、ゼクスの隣に立つセシルは、光の消えた冷徹な瞳でじっと見つめていた。
「ラミルさん、ここでいいんですか?」
ゼクスが周囲を見回しながら尋ねると、ラミルは子供たちを背に隠すようにしながら頷いた。
「はい。見ての通り、すでに身寄りのない者たちのたまり場のようになっておりますが……ここを、あなたの言う施設として明け渡すよう、陛下からの許可は取り付けてあります」
すると、ラミルの服の裾を握りしめていた一人の少年が、純粋な瞳でゼクスたちを見上げて言った。
「ねえ、ラミルお姉ちゃん。その綺麗なお姉ちゃんとお兄ちゃんは、ラミルお姉ちゃんのお友達?」
「っ……」
少年の一言に、ラミルの表情がかすかに強張る。
兄を殺した仇であり、帝国を脅かす怪物。しかし、ここで下手に「王国の人間だ」と言って子供たちをパニックに陥らせるわけにはいかない。ラミルは複雑に渦巻く感情を必死に押し殺し、努めて優しく声を絞り出した。
「──ああ、そうだよ。私の大切な、お友達、だよ」
「こんにちは!」
ゼクスが屈み込んで視線を合わせ、優しく微笑みかける。
すかさずセシルも、ゼクスの半歩後ろにぴたりと寄り添いながら、完璧に作り込まれた「可憐で無害な聖女の微笑み」を浮かべて声を揃えた。
「こんにちは、初めまして」
「こんにちは! いつもラミルお姉ちゃんがお世話になってます!」
子供たちは礼儀正しく小さな頭を下げて挨拶を返す。だが、その中の一人の幼い少女が、何かを思い出したかのように大きな瞳に涙を溜め、あろうことか、ゼクスの大きな手をぎゅっと両手で握り締めた。
(──な……っ)
セシルの頬の筋肉が、ピキリ、と微かに凍りつく。完璧な笑顔の形のまま、少女が触れているゼクスの手元へと向けられたセシルの両眸から、完全に温度が消え失せていた。
(私の、私のスーちゃんに気安く触らないで。すり潰すよ? その汚い手、今すぐ引き千切ってあげようか──?)
幼子であろうと関係ない。ゼクスという不可侵の聖域を汚す「女」に向けられる、ドロドロとした暗黒の拒絶反応がセシルの脳内を埋め尽くしていく。
そんなセシルの内なる狂気など知る由もない少女は、縋るようにゼクスを見上げて声を震わせる。
「……あのね、お兄ちゃん。ラミルお姉ちゃんがゲオルクお兄ちゃんみたいに、遠くに行ったきり帰ってこなくなるの、もう嫌だから……。お姉ちゃんは、ちゃんと守ってね……?」
「……大丈夫だよ」
ラミルは胸を抉られるような痛みに耐えながら、少女の頭をそっと撫でる。
「兄貴とは違って……私は、ちゃんと帰ってくるから。ね?」
「ああ、心配いらないよ。俺が責任を持って、ラミルさんをみんなの元へ帰すからね」
ゼクスが真摯な目でそう告げると、ラミルは一瞬だけ驚いたように目を見張るが、そんな空気を変えるように、子供たちに向かって強引に笑顔を作る。
「そんなことより、このお兄ちゃんね、みんながこれから毎日、お腹いっぱいご飯を食べられるように頑張ってくれるんだって。だから、元気を出して?」
「本当……!? お腹いっぱい食べられるの! 」
目を輝かせる子供たちに、ゼクスはどこまでも優しく微笑みかけた。
「ああ、お兄ちゃん頑張るからね。楽しみにしておいて」
「わあああいっ!」
子供たちが一斉に歓声を上げる。その救われたような様子を見届けたラミルは「今はお仕事中だから、また後でね」と子供たちを優しく下がらせた。
先ほどの子供の言葉が気になっていたゼクスは、静かにラミルへと歩み寄り、自然と胸の内の問いをラミルに投げかける。
「……帰ってこなくなったって、もしかして、そのゲオルクって人は……」
「余計な詮索はしないで、ください」
ラミルは冷たく、けれど明確にゼクスの言葉を遮った。その頑なな拒絶の態度に、ゼクスはそれ以上踏み込むべきではないと察する。
「──ああ、すまない。わかった」
ゼクスは素直に一歩下がった。
だが──セシルは違った。子供たちには絶対に見えない絶妙な角度のまま、満面の「優しい微笑み」を浮かべてラミルへと滑るように近寄る。そして、その耳元へ、骨まで凍り付かせるような極低音の冷徹な声を直接流し込んだ。
「……ねえ、スーちゃんがせっかく気を使って聞いてあげてるのに、そんな口をきくなんて。スーちゃんに謝らせるなんて、あなたは何様なの?」
「ひっ……!?」
心臓を直接抉られたかのような底知れぬ恐怖に、ラミルの全身の毛穴が総毛立つ。
笑顔のまま、一切の慈悲なく自分を睥睨する少女の狂気。
ここで機嫌を損ねれば、自分だけでなく、子供たちまで危ない──その確信めいた恐怖に支配されたラミルは、ガタガタと震える視線を地面に落とし、ゼクスの足元に向かって必死に頭を下げた。
「……っ! あ、あぁ、私が悪かった。すまなかった……っ」
血を吐くように絞り出されたラミルの謝罪。
しかし、そんな一瞬の緊迫したやり取りなどつゆ知らず、ゼクスはすでに前方の荒れ地へと意識を向けていた。




