無自覚な独占、甘美なる監禁の悦び
宮廷で簡単な昼食を振る舞われた後、ゼクスたちはラミルの案内のもと、帝都の離れにある邸宅へと移動していた。
重厚な馬車の窓から外を眺めていたゼクスは、ふと通りに目を留め、かすかに眉をひそめる。
店先に並んでいるのは、先ほど皇帝から振る舞われた色鮮やかな料理とはあまりにもかけ離れた、黒ずんだ干し肉と、芋ばかり。しかも、そんな粗末な食料であるにもかかわらず、店先には武装した厳しい顔つきの護衛が張り付いていた。
(……さっき参謀が言っていた食料事情の厳しさは、本当なんだな)
掠め取られぬよう必死に食料を死守する帝都の光景に、ゼクスは先ほど皇帝に提示した「二つ目の願い」である、行き場を失った者たちのための施設建設への決意を新たにする。
やがて馬車が到着したのは、帝都の喧騒から少し離れた場所にある、古びてはいるが格式高い石造りの邸宅だった。
ラミルに促されて中に入り、一階の主寝室へと足を踏み入れた瞬間、セシルが歓声を上げて備え付けの大きなベッドへと駆け寄った。
「わあ……っ! スーちゃん、見て! やっとふかふかのベッドで寝られるね!」
先ほどまで玉座の間でラミルの精神をなぶり殺すような殺気を放っていた狂気など、まるで幻だったかのように、セシルは無邪気な少女の笑顔を咲かせてベッドの感触を確かめている。
「ラミルさん、この部屋、少し改造してもいいですか?」
ゼクスが振り返って尋ねると、背後で気まずそうに控えていたラミルは、驚いたように瞬きをしてから首を縦に振った。
「え、ええ……。皇帝陛下からは、邸宅の管理はすべてゼクス殿に一任すると言いつかっておりますので、構いませんが……」
「助かります」
ゼクスは小さく頷くと、おもむろに手のひらを寝室の壁へと向けた。
ただ彼がその理外の意志を紡いだ瞬間、カチ、カチカチカチ、と小気味いい金属音が響き渡る。
──ガギィィィン!!
突如として、一階の寝室全体の壁、天井、床のすべてを覆い尽くすように、分厚い「鋼鉄の障壁」が壁の内側からせり上がった。
窓の隙間なく強固に張り巡らされた鋼鉄の要塞。さらにゼクスは流れるような動作で、内側からしか開けられない、極厚の引っ掛け式の鍵を扉に作り上げ、部屋に明かりを灯した。
完璧な「シェルター」、あるいは「監獄」の完成。
ほんの一瞬で、石造りの寝室をあらゆる物理攻撃や並の魔術なら遮断する、鉄壁の要塞へと造り替えた。その神業に、案内役としての警戒を続けていたラミルの思考は、またしても完全にフリーズした。
ゼクスは、驚愕で口を半開きにしているラミルを背に、セシルの元へと歩み寄り、その耳元で静かに、けれど厳格に囁いた。
「セシル。もし俺より先に起きたとしても、決して一人でこの部屋から出ないで。どんなときも、俺と一緒に行動するように、いいね?」
ここは敵国の帝都だ。何が起こるか分からない。
セシルの身の安全を最優先に考えた、ゼクスなりの隙のない防衛策だった。
だが──セシルにとって、その言葉は全く異なる意味を持って脳髄へと響き渡っていた。
視界を埋め尽くす冷徹な鋼鉄の壁。内側からガチリと閉ざされた引っ掛け式の密室の鍵。それはゼクスが自分のためだけに創り上げてくれた、世界で最も甘美な『鳥籠』に他ならなかった。
(ああ……スーちゃんは、夜は私をこの鋼鉄の部屋に閉じ込めて、外部と完全に遮断したいんだ……っ!スーちゃんに監禁されちゃう……!)
脳内を埋め尽くす極上の甘美な全能感に、セシルの心臓は狂ったような歓喜の音を刻む。
「はーい!」
セシルは、頬を薔薇色に染め、弾んだ声で無邪気に返事をした。
これ以上ないほどの悦びに満ちた笑顔を浮かべ、ベッドからぴょんと飛び降りると、ゼクスの胸にすり寄り、上目遣いでイタズラっぽくクスクスと笑う。
「ふふ、じゃあスーちゃん。そうやって、浴室までずうっとついてくるんだよね? ……えっち」
「い、いや! これは純粋に安全のためで、決してそういう変な意味じゃなくて……!」
直球すぎるセシルのからかいに、ゼクスは耳まで真っ赤にして慌てて手を振る。
「大丈夫。一緒に水浴びしようね、スーちゃん」
くすくすと愉しげに笑いながら、逃がさないとばかりに距離を詰めてくる婚約者の破壊力に、ゼクスは完全に圧倒されていた。
「あの……っ!」
国家を滅ぼしかねない天災級の魔術を見せつけられた直後に、脳が蕩けるような痴話喧嘩を眼前で繰り広げられ、ラミルはいたたまれなさの極みに達していた。
真っ赤になった顔を背けながら、どうにか声を張り上げる。
「そ、その……そろそろ、帝都の外れの土地の案内を始めてもよろしいでしょうか……!?」
「あ、お願いします!」
ゼクスは「助かった」とばかりにラミルの提案に飛びつき、この気まずい空気をごまかすように、セシルを迷わずひょいと「お姫様抱っこ」で抱え上げた。
「きゃっ、スーちゃんったら大胆」
嬉しそうにゼクスの首に細い腕を絡め、その胸へと自分の体重をすべて預けるように深く密着するセシル。
そのままラミルの方へと歩き出すゼクスの腕の中で、セシルは威嚇相手へと再び視線を向けた。
(ほら、見て。これが私のスーちゃんだよ)
その瞳に宿っていたのは、先ほどの冷徹な殺意ではない。
ゼクスの逞しい腕に抱かれ、その体温と存在のすべてを独占しているという、圧倒的な優越感。
これみよがしに甘い微笑みを浮かべながら、けれどその瞳の奥には言葉にせずとも溢れかえるようなドロドロとした狂執の光を湛える。
セシルは満足げに、慌てて視線を逸らして案内するラミルの背中を見つめ続けていた───。




