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死んでも君を愛し続け、異世界まで追いかけて来た俺は、君の婚約を祝福する。─この嘘は貫き通す。君の為に強くなった俺は君の幸せをただ願う─  作者: 一斗
世界の理、女神の悪戯編

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牙なき要求、縫い付けられる平和の種

 水を打ったような静寂が戻った玉座の間で、皇帝は覚悟を決めたように深く息を吐き、重々しく言葉を放った。


「我が帝国からは、今後一切、エルメリア王国に手を出さないと誓おう。──だが、その代わりに一つ、条件がある」


 皇帝はゼクスの底知れぬ瞳を真っ正面から見据え、懇願に近い声音で続けた。


「万が一、エルメリア王国が我が帝国に向けて牙を剥こうとした場合、そなたの力でそれを止めていただきたい。……それが条件だ」


 それは、実質的な「ゼクスへの安全保障の依存」だった。帝国が王国に手を出さない代わりに、王国からの侵略という脅威からも、この最強の男に守ってほしいという、皇帝なりの必死の防衛策である。


「わかりました。俺からもエルメリア国王にその旨は伝えます。……ですが、王国側はそれだけで納得するでしょうか?」


 ゼクスが淡々と、極めて現実的な懸念を口にする。

 一般人である自分が口を挟んだところで、国家の意思がそう簡単に覆るものだろうか、という至極真っ当な問い。

 しかし、皇帝は自嘲気味に首を振った。


「そなたほどの力を持つ者が言えば、エルメリア王国とて、その言葉に逆らうことなどできまい。違うか?」


 国家の軍隊など、この男の前では塵に等しい。その事実を、皇帝は身を以て理解していた。

 その言葉に同意するように、ゼクスの隣で可憐に微笑むセシルが、楽しげに声を弾ませる。


「そうだよ、スーちゃん。あの山に向かって魔術を連射した後に、帝国軍を根こそぎ掃討しようとしていたレイヴン団長だって、スーちゃんが『しないで』って言ったら、すんなり従ったじゃない」


「ああ……そうだったな」


 セシルの言葉に、ゼクスは当時の光景を思い出し、納得したように表情を固くした。

 同時に、自らの力がもたらした破壊の爪痕への苦い記憶が、彼の胸に去来する。


 ──だが、その会話を耳にしたハロルドたちの脳裏には、凄まじい衝撃が駆け抜けていた。


(な……っ、あの時の、山を穿つあの常軌を逸した攻撃の後に……追撃がなかったのは……)


(この男が、王国を止めていたからだったのか……!?)


 あの悪夢のような記憶。壊滅的な打撃を受けながらも、帝国軍が救助をし、撤退できた理由。

 それは、彼らの実力でも、運が良かったからでもない。

 目の前にいる銀髪の青年──『ゼクス』が、王国側の追撃をその意志で制止していたからだったのだ。

 自分たちは、戦場ですでにこの青年に慈悲をかけられていた。その事実を今さら理解したハロルドは、己の無力さへの戦慄と、言葉にならない感謝が入り混じった激しい感情を、ただ静かに噛み締めることしかできなかった。


「……感謝する、ゼクス殿。我らの多くは、すでにそなたに生かされていたのだな」


 皇帝はそう言って、一国の主としてのプライドを捨て、深く謝意を示した。


「──いえ。元はと言えば、俺がそちらを攻撃したんです。だから……」


 深く感謝を述べる皇帝に対し、ゼクスは恐縮したように視線を落とし、俯いて悔恨の意を示した。その真摯な態度には、傲慢な覇王のプライドすらも、彼の計り知れない慈悲と誠実さの前に、完全に融解していくしかなかった。


「であれば、此度の和平の意志を記した正式な書面と、我が帝国の使者をそなたに同行させたい。王国への釈明の使者としてな」


「わかりました。それで問題ありません」


 ゼクスが頷くのを見て、皇帝は即座に傍らの宮内大臣へ視線を向けた。


「では、直ちに書面の準備を」


 かしこまりました、と大臣が震える声で一礼する。

 皇帝は、安堵の息を漏らしながら、胸の中で密かに冷や汗を拭っていた。

(……これでいい。この怪物を有する王国と、ほぼ五分五分の条件で和平を結ぶことができた。これほどの力を持ちながら、なんと欲のない男だ)


 だが、安堵したのも束の間。皇帝は先ほどの約束を思い出し、改めて問いかけた。


「して──先ほど約束した、そなた個人の『願い』だが。何か望むものはあるか? 領土でも、金銀財宝でも、望むものを申すがよい」


「願い、ですか……。たくさんあるのですが、いいでしょうか?」


 少し困ったように、けれど真っ直ぐにそう告げたゼクス。

 その言葉を聞いた瞬間、皇帝の心臓がドクリと跳ね上がった。

 先ほどの「無欲な男」という前言を、即座に全力で撤回する。

(た、たくさんだと……!? やはり、本性はここで牙を剥くというのか……!?)


「よ、よかろう。望むだけ申してみよ」


 皇帝は精一杯の威厳を保ち、冷や汗を流しながら、ゼクスが突きつけてくるであろう絶望的な要求に身構えた。

 緊張に包まれる謁見の間。誰もが固唾を呑んで見守る中、ゼクスは静かに指を立てた。


「三つあります。──まず一つ目は、帝国と王国で『交易』を行うことは可能でしょうか?」


「「……は?」」


 皇帝の口から、参謀から、間の抜けた声が漏れた。


「できれば、人同士の移住や交流も、お互いに自由に行えるようになれば、なお良いのですが……。お互いに不可侵を誓い合うだけでなく、交易を通して深く繋がり合うこと。そうすることによって初めて、両国の間に『恒久的な友好』が結べると思うんです」


 ゼクスは、本当に純粋な、未来を憂う若者のような眼差しで言葉を紡ぐ。


「ただの不可侵条約ではなく……互いを支え合うような、同盟関係を結びたい。やはり、急には難しいでしょうか? どちらかが上で、どちらかが下という主従ではなく、対等な友好関係を」


「……………………」


 玉座の間が、今度こそ完全に静まり返った。

 誰もが、己の耳を疑っていた。


 世界を滅ぼしかねない圧倒的な暴力を持ち、帝国をその足元に平伏させた男が、その特権を使って求めたもの。

 それが、賠償金でも、奴隷でも、領土の割譲でもなく──ただの「対等な交易」と「両国の平和な未来」だったからだ。


 己の利益など、ひとかけらも求めていない。

 先ほどまで勇者を無残に拷問していた男と、今、聖者のような眼差しで平和を語る男が、どうしても頭の中で結びつかない。


 そのあまりの無欲さ、そして測り知れない器の大きさに、皇帝をはじめとする帝国の重鎮たちは、完全に呆気にとられ、ただただ底知れぬ畏怖と共に、言葉を失うことしかできなかった。



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