宮廷の密室、最凶の賓客
厳かな静寂が満ちるガラルド帝国の城内を、異様極まる一団が静かに、しかし圧倒的な圧迫感を伴って進んでいた。
数日前の緊急謁見を経て、帝都は表向きこそ平穏を装っているものの、その裏では外壁の警戒が一段階引き上げられ、城内にもピリピリとした臨戦態勢の緊迫感が漂っている。
そんな中、先頭を悠然と歩くのは、前哨基地にいるはずのバレル将軍。
その背後には、フードを深く被った男女、そして両腕に抱えきれないほどの物々しい「遺品」を携えたバレルの直属兵たちが従っていた。
ここは敵国の心臓部。城内だからこそ、ゼクスの警戒は平時を遥かに超えている。
魔術『ウィンドセンス』にいつも以上に注力し、空気の流れや微細な振動から、周囲の殺気や動向をすべて網羅していく。
いつ何が起ころうとも、即座に自らの身体を削る『四倍加速』を発動させてこの場から離脱できるよう、ゼクスは隣を歩くセシルの細い腰に手を置き、自らの身体へと引き寄せるように守りながら歩を進めた。
そのゼクスの絶対的な庇護を一身に受け、セシルは嬉しそうに、まるで寄り添うようにしてぴったりと歩調を合わせる。敵国の城内という極限の緊張感など、彼女の胸中には微塵も存在しないかのように。
回廊ですれ違う宮廷の侍従や近衛兵たちは、そのあまりにも場違いで異様な光景に、一様にその場で硬直した。
厳戒態勢を敷く静粛たる城内で何をしているのかと、声を荒らげたい焦燥に駆られる。だが、冷徹なまでの覇気を放ちながら先導するバレルの姿に気圧され、誰一人として声をかけることはできなかった。
(警戒するのは当たり前だ。我が身一つで敵の総本山に乗り込んできたのだからな……)
バレルは内心で苦笑しつつも、何も言わずに前だけを見据えていた。とにかく今は、宮内大臣の部屋に辿り着くまでに、自分と対等な権力を持つ幹部連中と遭遇しないことだけを、心の底から願う。
やがて、誰とも鉢合わせなかったことに安堵しながらも、目的地に達したバレルは、手続きの総責任者である宮内大臣の部屋の扉を、ノックもそこそこに堂々と押し開いた。
「な、なんだバレル将軍!? 無礼であろう!」
執務机の奥から、太った、いかにも宮廷官僚といった風貌をした男が跳び上がるようにして激怒の声を上げる。
「ここは貴様のような軍人が、兵を伴って無断で踏み入っていい場所ではない! 基地はどうした!」
怒号が響く室内のソファーには、先客がいた。
魔術師団長ハロルド。彼は先日の敗戦から、今後の帝都防衛における予算や手続きのため、宮内大臣と会話を交わしている最中だった。
ハロルドは不快げに眉をひそめ、バレルへと冷徹な視線を向ける。
「急に兵を伴って何事か、バレル将軍。今は私が大臣と話をしている最中だ。後にしてもらおうか」
最高幹部の一人であるハロルドがそこにいる。バレルは内心の動揺を一切表に出さず、むしろ皇帝への取り次ぎに、ちょうど使えると冷たく反論した。
「宮内大臣閣下。手続きを待つ猶予はありません。今すぐ陛下への緊急謁見を取り次いでいただきたい。我がガラルド帝国の、国家の命運がかかっているのだ」
「なんだと……?」
ハロルドの目が怪訝に細められる。
宮内大臣は机を叩き、さらに色をなして拒絶しようとした。
「狂気の沙汰だ! そのような法外な特例、認められるわけがなかろう!」
「認めざるを得なくなります」
バレルは淡々と、有無を言わせぬ絶対的な拒絶の重みをもって言葉を遮り、後ろの兵たちへと合図を送った。
「──これらは、先の国境線での戦いにおいて、我が軍の兵たちが遺した遺品の一部です」
ハロルドと宮内大臣の視線が、兵たちが抱える泥と血に塗れた無数の武具へと向かう。あまりの生々しさに大臣が息を呑み、ハロルドがその武具に刻まれた凄惨な『記憶』に背筋を凍らせる中、バレルはさらに言葉を繋いだ。
「そして。我が帝国との和平交渉のため、わざわざ足を運んでくださった……王国の英雄・ゼクス殿。ならびに、セシル殿にございます。……ハロルド。無論、貴様にもこの交渉の席へ同席してもらいたいと思っている」
バレルの紹介とともに、それまで微動だにしなかったフードの男女が、ゆっくりと、その顔を覆う布を押し上げた。
現れたのは、銀髪の鋭い眼光を持つ男。
そして、その男に寄りさとるようにして、酷く美しく、酷く歪んだ笑みを浮かべる銀髪の少女。
「──ッ、貴様、らは……っ!!」
その二人の顔が露わになり、バレルの口から「ゼクス」の名が告げられた瞬間、慌ただしく立ち上がった魔術師団長ハロルドの顔から、一瞬ですべての血の気が引いた。
目視不可の距離から山を穿つ魔術を連発し、我が軍を完膚なきまでに叩きのめした、あの地獄の怪物・ゼクスの風貌をした男が、今、目の前に立っている。
ハロルドは皮膚に纏わりつく風に気づき、その絶対的な死の空間の中で、底なしの恐怖に全身の毛を逆立てた。本能的に、ガタガタと無様に一歩後ずさるしかなかった――。




