帝都の光影、将軍の強弁
前哨基地を発ってから、数日。
馬を走らせ続けたゼクスたちは、ついに帝国の象徴たる『帝都』へと辿り着いた。
視界に飛び込んできた帝都の外壁は、見上げるほどに高く、圧倒的な威容を誇っている。だが、驚くべきはそのさらに奥、街の中心部にそびえ立つ城壁の高さだった。
二重、三重に張り巡らされた防壁は、王国のそれよりも遥かに強固で、この国がどれほど戦へ比重を置いているかを無言で物語っていた。
帝都の入り口たる巨大な門は、昼間の時間帯は誰でも通れるように開け放たれている。
バレル将軍を先頭とした一行は、速度を落とし、そのまま馬に跨った状態で帝都の中へと足を踏み入れた。
門を潜り、中心部へと向かう街路を進むにつれ、帝都の『実態』がゼクスの目に飛び込んでくる。
大通りは行き交う人々や馬車で溢れ返り、物売りたちの威勢のいい声が響く、活気に満ちあふれた世界が広がっていた。
だが、その華やかな街路から一本裏路地へ目を向けけば、そこには薄汚れた衣服を纏い、力なく座り込む物乞いたちの姿がある。
まだ物心もついていないような幼い子供たちまでもが、虚ろな瞳で地面を見つめていた。
そのさらに奥──着の身着のまま逃げてきたような子供たちと、それを束ねる大きな青年が、数少ない食料を必死に分け合っている光景がゼクスの鋭い視線に捉えられた。
(……これが、帝国か。あの汚れが真新しい子供たちは……親を戦争で亡くしたばかり、なのかもしれない……)
大国の栄華と、戦争がもたらす歪み。その光と影を肌で感じ、帝国の現状を冷静に分析しながら、ゼクスは無言で手綱を握り直した。
そんなゼクスの胸元にすっぽりと収まり、手綱を握る彼の逞しい腕に包まれているセシルはといえば、周囲の陰惨な光景など一切目に入っていない様子だった。
数日間の強行軍で疲弊するどころか、その頬は薔薇色に染まりっぱなしで、ふにゃりと締まりのない、とろけるような笑顔を浮かべてスーちゃんの胸板に頬ずりをしている。まるで甘い旅行気分を楽しんでいるかのようだった。
時折、進路を確認するために振り返るバレルは、そんなセシルの様子を見るたびに、ひっそりと冷や汗を流していた。
(……本当に、こいつが……あの気配を遮断したアイスジャベリンを配置し、ラミルを圧倒した女なのか……?)
報告では冷酷で凄まじい戦闘力を持つと聞いていたが、目の前にいるのは、どう見てもただの「恋する可憐な少女」だ。
最初から感じていたが、そのあまりの落差と底知れなさに、バレルは別の意味で戦慄を覚えながらも、前を向き直して馬を走らせる。
やがて、中心部へと繋がる内側の城門が見えてくる。
ここから先は城へと続く最重要区域であり、外の城門とは比較にならないほど厳重な検問所が設置されていた。
バレル将軍の一行が速度を下げぬまま近づいてくるのに気づき、守衛の兵士たちが大慌てで前に進み出た。
「と、突如どうされたのでしょうか、バレル将軍!? 前哨基地におられるはずでは……!」
予想だにしない最高幹部の電撃帰還に、検問所は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
バレルは愛馬を荒々しく止めると、鋭い眼光で兵士たちを圧した。
「帝国の未来がかかった急用で戻った。詮索は無用だ、速やかに門を通せ」
そのただ事ではない覇気に、兵士たちは気圧される。だが、守衛の隊長はバレルの背後に控える、見慣れぬフードの男女――ゼクスとセシルの姿を横目に捉え、顔を強張らせた。
「し、しかし、将軍。いくら将軍のお連れとはいえ、手続きなしでこれ以上奥へ通すわけには……。せめてお名前だけでも頂戴せねば、我らの首が飛びます」
食い下がる隊長に対し、バレルは一歩も引かない。むしろ、その全身から冷徹極まる軍人としての殺気を放ち、低く、ドスの利いた声で言い放った。
「この者たちの身元は、我が全責任を持って保証する。我が命を懸けても構わん、通せ。──我が直々に招いた、最重要の賓客なのだ。一兵卒にその名など明かせるか。……通さなければ今、ここでお前の首が飛ぶことになるが?」
「ひっ……!」
バレルが放った、帝国の未来を賭けた将軍の覚悟と、剥き出しの殺気。
目の前の将軍は、もしここで拒めば本気で自分を斬り捨てる。その凄まじい重圧に守衛隊長はそれ以上言葉を続けることができず、額に滝のような冷や汗をにじませて、ガチガチと小刻みに震えながら一歩退いた。
「……し、失礼いたしました! バレル将軍の御一行、通せっ!」
隊長の悲鳴に近い鋭い号令とともに、重々しい音を立てて内側の城門が開かれていく。
開かれた未知の領域を見据え、バレルは再び馬を蹴った。
ゼクスもまた、フードの奥で周囲への警戒を極限まで高めながら、その後に続くのだった。




