上段の構え。――王国最強の騎士を、辺境の神童は一撃で沈める
王立魔術学院、特別演習場。
王国武官の重鎮たちが顔を揃える中、俺の「実力検分」が始まった。
対峙するのは、王立騎士団副長ヴォルフガング。
山のような威圧感を放つ英雄に対し、俺はあえてこの世界の常識にはない「構え」を取る。
(……ここで埋もれるわけにはいかない)
前世から引き継いだ魂の形。
美月に届くための、唯一の道。
加速する思考、軋む筋肉。
静まり返る観衆の前で、俺は「最強」の喉元に、その牙を突き立てる。
周囲が静まり返る中、特別演習場の空気は発火せんばかりの熱を帯びていた。
観覧席には、学院の教職員のみならず、騎士団や魔導士団の幹部、さらには噂を聞きつけた王国の高官たちが黒山の人だかりを作っている。
だが、集中を極限まで高めていたゼクスは、その観覧席の最上段――ひときわ豪華な特別席に、かつての自分と同じ漆黒の髪をした「美月」が座り、食い入るようにこちらを見つめていることには、まだ気づいていなかった。
「……手加減は、必要ですか?」
ゼクスのその静かな、それでいて傲慢とも取れる一言に、会場の温度が数度下がった。
ヴォルフガングは一瞬、虚を突かれたように目を見開いたが、直後、猛獣のような獰猛な笑みをその精悍な顔に浮かべた。
「面白い。……来い、少年。特待生の看板が飾りでないのなら、全力で私を殺すつもりで来い!」
(……ここで埋もれるわけにはいかない。美月に、あの人に届く場所にいくためには!)
この世界では、重厚な甲冑を前提とした片手剣と盾、あるいは遠心力を利用した大振りの両手剣が主流だ。だが、ゼクスはあえて盾を持たず、すらりとした片手剣を両手で握り、天を突くほど高く掲げる「上段」に構えた。前世での、魂に刻まれた構え。
その時。
特別席の最上段で、一人の女性が弾かれたように立ち上がった。
「……待って。あの構え……」
震える呟きは、周囲の熱狂と野太い歓声にかき消され、ゼクスの耳には届かない。
――踏み込み。
次の瞬間、ゼクスの姿が爆辞のごとき速度で視界から掻き消えた。
ヴォルフガングの正面、最短距離を一点突破する、目にも止まらぬ速さの刺突。
(……速いッ!)
ヴォルフガングの背筋に戦慄が走る。だが、彼は数多の死線を潜り抜けてきた王国屈指の英雄だ。肉体が思考を追い越し、反射的に大剣の腹を盾にするようにして、ゼクスの鋭すぎる一撃を弾き返した。
ガギィィィン!!
鼓膜を震わせる鋭い金属音が炸裂する。
ゼクスはフィジカルアップ二倍の脚力をフル活用し、弾かれた勢いさえも利用して空中で鮮やかに一回転。着地と同時に、回転の遠心力を上乗せした一撃を、再び上段から叩きつけた。
ヴォルフガングは歯を食いしばり、大剣を跳ね上げてそれを受ける。火花が散り、剣撃の律動が加速していく。十五歳の少年が放っているとは信じがたい重い一撃の連打に、副長の腕が微かに痺れ始めた。
「……はは、笑わせるな! 十五歳のガキが、これほどの剣を振るうか!」
ヴォルフガングが咆哮し、剛剣を強引に横へ振り払う。
ゼクスは間一髪でその暴風のような一撃を躱したが、凄まじい風圧だけで頬の皮が裂け、鮮血が舞った。
(……二倍だというのに、この人は化け物か……!)
ゼクスは内心で舌を巻く。
五年間の特訓で、「常時二倍」の負荷をかけ続けて練り上げたこの筋肉。さらに魔力による身体強化を重ねれば、並の騎士なら防具ごと粉砕できるはずだ。それを、この男は天性の地力と練り上げられた技術の暴力で、真正面から凌いでくる。
それなら――。
(……ここだ!)
打ち合う剣撃の嵐、そのわずかな隙間。ゼクスは一瞬だけ、肉体に課した「二倍」のリミッターを意識の外へ弾き飛ばし、出力を「二.五倍」へと跳ね上げた。
ドォォォンッ!
軽い牽制だと思って受けたヴォルフガングの表情が、驚愕に歪む。
打ち合った剣を通じて、大槌で全力で叩かれたような破壊的な質量が彼を襲った。
「が、はっ……!?」
副長の巨体が石畳の上を転がり、数メートル後方へと吹き飛ばされる。
同時に、ゼクスの右腕には火を押し付けられたような熱い痛みが走り、指先の感覚がわずかに麻痺した。急激な過負荷に、筋肉が悲鳴を上げている。
「……っ!」
だが、止まらない。
ゼクスは立ち上がろうとするヴォルフガングの喉元に、電光石火の速さで剣先を突きつけた。
「……チェックメイトだ、副長」
静寂。
演習場を支配したのは、あまりの出来事に言葉を失った、完全なる沈黙だった。
第12話をお読みいただきありがとうございます。
ついにゼクスが、騎士団副長を相手に大金星を上げました!
出力を二.五倍まで引き上げた一撃は、王都の常識を完膚なきまでに打ち砕く結果に。
ですが、その勝利の瞬間を、かつての恋人である「美月」が目撃していました。
彼女の呟いた「あの構え」という言葉の意味。
そして、勝利したゼクスを待ち受けるセシルの反応とは……。
運命の再会は、もうすぐそこまで来ています。
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