甘美な盲愛、優しき狂気
王都が政治的な思惑と愛憎に揺れる中、ゼクスたちが身を置く故郷では、 戦場に遺された王国軍と帝国軍の遺品回収、そして命を落とした者たちの埋葬。それを、ゼクスは敵味方の区別なく、ただ黙々と執り行い続ける。
凄惨な弔いは一週間程かかり、ようやく終わりを告げようとしていた。
その日の夕食時。食卓を囲む温かな灯りの中で、ゼクスは静かに食器を置いた。
「山での遺品回収と埋葬……今日で、全部終わりました」
「そうか。……本当に、お疲れ様だったな」
バルトロが深く、労うように頷く。隣に座るセシルも、ゼクスの手をそっと包み込むように握りしめ、柔らかく微笑んだ。
「スーちゃん、本当にお疲れ様。大変だったよね」
「大変だとしても、俺がやらなきゃいけない事だから……」
家族の温かい言葉を受け止めながらも、ゼクスの胸の奥には、消えない重みが澱のように沈んでいた。
自分の手で命を奪った、あまりにも多すぎる兵士たちの数。その一人ひとりに生きた証があり、故郷があったのだと、遺品を集めるたびに痛感させられていた。
「……遺品を回収しながら、ずっと考えていたんです。こんな事は、二度と繰り返してはいけないって」
ゼクスがぽつりとこぼした憂いに、食卓に同席していたハンスが、ふっと息を吐いて呆れたように肩をすくめた。
「それにしても、君というやつは……。我が国の兵ならともかく、攻めてきた敵軍の兵まで手厚く葬るなんてな。甘いと言うべきか、お人好しと言うべきか……本当に常識外れだよ」
「ああ。だがハンス、それこそがゼクスの良いところなのかもしれん」
バルトロが息子を庇うように豪快に笑い、それから真剣な面持ちでゼクスを見つめた。
「して、明日からはどうするのだ? 王都へ戻るのか?」
「そうですね。長々と滞在して心配をかけるわけにもいませんし、明日、王都へ帰ろうと思います」
「あら、もう帰っちゃうの?」
母のミラが、名残惜しそうに眉を下げる。
「寂しくなるけど……次に会えるのは、二人の結婚式の時かしらね?」
「ふふ、そうね! 村で、盛大にお祝いの準備をして待っているわね」
ミラの言葉に、マリアも嬉しそうに胸を張る。家族の誰もが、二人の幸福な未来を祝福していた。バルトロは優しくセシルとゼクスを見やり、深く頷いた。
「そうだな。それまでに、帝国とのゴタゴタが綺麗に片付いていればいいのだが……」
──────
その夜。
静まり返った自室で、ゼクスとセシルは二人きりで向き合っていた。
窓から差し込む月光が、静かに二人を照らしている。ゼクスは真剣な眼差しで、胸の内にある想いをセシルへと切り出した。
「セシル、実は王都へ戻る前に……やりたいことがあるんだ。父上達には黙って」
「やりたいこと……?」
「ああ。今の俺の力なら、拓真の接近戦以外で不安材料はない。それに、もし万が一のことがあっても、セシルがいてくれれば『四倍』の速度でいつでも戦場から離脱できる」
ゼクスから告げられた絶対的な信頼の言葉。セシルの水色の瞳が、歓喜の熱を帯びて微かに潤む。
自分の力が、スーちゃんの命を守るための盾として必要とされている。その事実だけで、彼女の心臓は狂おしいほどに跳ね上がっていた。
ゼクスは一度言葉を切り、窓から帝国がある方角を見つめた。
「だから……帝国の基地に、遺品を届けに行きたいんだ。侵略してきた敵とはいえ、彼らにも帰りを待つ大切な人がいたはずなんだ。だから、どうしても家族の元へ返してあげたくて……」
世界の残酷さを知りながらも、どこまでも優しさを捨てきれない。
そんなゼクスの無茶な願いを、セシルは一切否定しなかった。それどころか、愛おしさに胸を震わせるように、その胸へと優しく飛び込んだ。
「いいよ、スーちゃん。スーちゃんのためなら、私はどこにだって一緒にいく。パパ達にも内緒で、二人だけの秘密でも。だって、スーちゃんは私の旦那様だもん。いつだって、どんな時だって、私はスーちゃんの隣にいるよ」
セシルはゼクスの首に細い腕を絡め、潤んだ瞳でじっと見つめる。
そこにあるのは、世界中の誰がゼクスを否定しようとも、自分だけは彼を肯定し、一緒に居続けるという、絶対的で甘美な証明だった。
「愛してるよ、スーちゃん……」
囁きと共に、セシルはそっと背伸びをして、ゼクスの唇に、深く、互いの熱を確かめ合うように口づけを交わした。
二人の共犯は、美しく輝く月光の海を嘲笑うかのように、深く溶けていった──。




