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死んでも君を愛し続け、異世界まで追いかけて来た俺は、君の婚約を祝福する。─この嘘は貫き通す。君の為に強くなった俺は君の幸せをただ願う─  作者: 一斗
世界の理、女神の悪戯編

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保身の構図と渦巻く黒

 重苦しい空気が支配する王城の謁見の間。

 そこには国王を筆頭に、エドワード、そして軍の重鎮たちが一堂に会し、此度の前線における詳細な戦況報告が行われていた。


 壇上で淡々と事実を告げているのは、第二王子ライオネルであった。

 作戦が失敗に終わった今、彼が何よりも最優先で成さねばならないのは、徹底的な「自身の保身」である。

 王都への帰路、ゼクスがもたらした報告によって、帝国が狙ったのは国王の首ではなく、次代の王たるエドワードの暗殺であったという事実はすでに明るみに出ている。それが意味するものは一つ。王国中から「エドワードの排除を望むライオネルこそが、手引きした内通者ではないか」と疑われるのは明白であった。


(なればこそ……ここで後手に回っては完全に終わる。自分に疑いがかかる推測を、あえて自らの口から出し、議論の場をコントロールせねばならん)


 ライオネルは平静を装い、理知的な仮面を貼り付けたまま報告を続けていたが、その背中にはじっとりと冷や汗が流れ落ちていた。息が詰まるような沈黙の中、タイミングを見計らい、ライオネルは言葉を紡ぐ。


「――以上が、此度の防衛戦における被害状況、および帝国軍の撤退までの詳細となります。なお、今回多大なる功績を挙げたゼクス殿ですが……『故郷が近いゆえ、一度実家へ立ち寄り、結婚の報告をしてから王都へ戻る』とのことで、現在は軍の隊列を離れております」


 ライオネルがその事実を口にした瞬間、張り詰めていた謁見の間に、さざ波のようなざわつきが色濃く漏れ出た。


「結婚の、報告だと……?」

「国家の危機とも言えるこの緊急事態に、さすがに私情で戦線を離脱するなど……」

「そんな勝手な奴があるか! いくら手柄があるとはいえ、軍規を何だと思っている!」


 重鎮達が怒りに任せて声を荒らげた、その時だった。


「――声を慎まれよ」


 ライオネルの低く、冷徹な一喝が謁見の間を打った。声を荒らげた重鎮が、気圧されたように言葉を詰まらせる。ライオネルは冷ややかな視線をその男達へ向け、淡々と言い放った。


「奴は、たった一人で帝国軍を壊滅させられるほどの力を有しております。軍規などという矮小な枠組みで縛れる存在ではない。ゼクス殿の機嫌を損ね、万が一にも我が国を敵に回させるようなことがあれば、それは即ち『エルメリア王国の滅亡』と同義だと心得よ。現在の我が国において、彼の行動を制限できる者など存在しない――そう弁えられよ」


 有無を言わせぬ正論に、重鎮たちは完全に口を閉ざし、生唾を呑んだ。

 ライオネルは彼らの沈黙を確認すると、何事もなかったかのように表情を戻し、父である国王へと向き直った。それよりも、彼には成さねばらぬ本題がある。


「ふむ……。ライオネルの言う通り、ゼクス殿の件は追って不問とする。それよりも、やはり此度の帝国の侵攻、その真の目的は、我がエルメリアの次代を担うエドワードの暗殺だったと見て間違いないな」


 報告をじっと聞いていた国王が、重々しく頷き、口を開いた。


「はっ。私もそのように推測いたします、父上。……すでに父上もお察しだと思いますが、これほど鮮やかに我らの裏をかき、エドワードの命をピンポイントで狙ってきたとなれば――恐らく、我が王国の内部に、敵と通じる『内通者』がいるのではないかと思案しております」


 その瞬間、列席していた魔術師団長キュラムは、驚愕のあまり大きく目を見開いた。キュラムは以前から、内通者の筆頭候補としてライオネルを激しく疑っていたのだ。まさか、その容疑者本人が、平然とした顔で自ら「内通者の存在」を指摘するとは思ってもみなかった。


 国王は玉座から鋭い眼光を息子へと向け、静かに問いかける。


「して、ライオネル。お前の中に、何か心当たりはあるのか?」


「私の見立てでは、軍の機密情報をこれほど正確に手に入れられる立場の者……つまり、相応の上層部にいる者でしか実行不可能である、ということしか分かりかねます。――そして」


 ライオネルは一度言葉を切り、一同の視線を集めてから、毅然と言い放った。


「客観的に見て、エドワードが亡くなって最も得をする政治的立場にあるのは……この私、ライオネルです」


 その刹那、謁見の間がひりつくような緊張感で完全に凍りついた。重鎮たちの誰もが息を呑み、互いに顔を見合わせる。誰もが心の中で思っていながら、決して口に出せなかった決定的な疑惑。それを、ライオネルは自ら突きつけたのだ。


「ならば、私が『エドワードこそが次期国王に相応しい』と再三公言しているにもかかわらず、未だに私を次代の王へと祭り上げようと画策する者たち……その歪んだ派閥の中にこそ、私を利用して私利私欲を満たそうと、帝国を手引きした裏切り者が潜んでいるのではないかと考えております」


 堂々たるライオネルの弁明に、キュラムをはじめとする重鎮たちは声を失った。

 ライオネルは、誰もが抱くだろう自分への疑惑を自ら肯定してみせた。その上で、「悪いのは私ではなく、私を勝手に祭り上げようとしている周囲の人間たちだ」という構図を作り上げたのだ。これにより、容疑者はライオネル単一から「ライオネル派閥の複数人」へと一気に拡大し、誰一人として標的を絞ることができない泥沼の状況を見事に作り出してみせた。


 国王はしばらくライオネルを凝視していたが、やがて深く息を吐き、満足げに目を細めた。息子の放った、保身のためとも、誠実を装っているともとれるあまりにも見事な言葉。


「なるほどな……。余も、薄々そうではないかと思っておった。よくぞ自らの立場を客観視し、そこまで冷静に分析できたものだ。さすがは我が息子、ライオネルよ」


「勿体なきお言葉です、父上」


 ライオネルは深く頭を下げ、表情を微塵も崩さなかった。だが、その内心には、張り詰めていた糸が解けるような猛烈な安堵が広がっていた。


(……ふん。上手くいったな。こんなところで、あの腹違いの弟ごときに遅れをとってなるものか……!)


 臣下たちの賞賛の視線を浴びながら、頭を下げたライオネルの理知的な瞳の奥で、どす黒く、燃え盛るような野心が、激しく渦巻いていた――。

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