英雄の背負う業、落日の弔い
翌朝の朝食の席は、穏やかな熱を帯びていた。
ゼクスの隣に座るセシルは、終始、世界中の幸福を独り占めしたかのようなとろけるような笑顔を浮かべ、甲斐甲斐しくゼクスの世話を焼いている。
バルトロとミラは、そんな二人の様子を「若いなぁ」とでも言いたげな、温かい、けれどすべてを察したような目で見守っていた。
そんな和やかな朝食が一段落した頃、ゼクスは自身の取り皿を静かに置き、居住まいを正してバルトロを見つめた。
「父上。折り入って頼みがあるんだ。……数日、村に滞在させてもらえないだろうか」
「どうした? 村にいる分にはいくらでも構わないが……何かやり残したことでもあるのか、ゼクス」
バルトロが不思議そうに首を傾げる。ゼクスは小さく頷き、胸の奥にある生真面目な義務感を言葉にした。
「王都へ戻る前に、あの――帝国軍の奇襲を迎え撃った地へ行きたいんだ。あそこに残された国の守備兵たちの遺品を回収して、家族の元へ届けたい。それと……俺が屠った帝国兵たちの遺体も、そのままにしておくわけにはいかない。一箇所に集めて、きちんと埋葬してやりたいんだ」
ゼクスのその言葉に、バルトロはハッとしたように目を見開いた。
命を奪い合う戦場において、敵の死体など放置するのが常識だ。ましてや、国を滅ぼそうとした侵略者である。
それをわざわざ弔うなど、普通なら甘いと一蹴されるか、偽善だと笑われる行為だった。だが、ゼクスの瞳にあるのは、ただ純粋に「命を奪った者」としての、静かな後ろめたさと誠実さだった。
「スーちゃん、私も行く。私も一緒についていくよ」
案の定、セシルがゼクスの袖をきゅっと握りしめ、当然のように名乗り出た。
スーちゃんの行く場所なら、例えそれが地獄であってもついていく――その水色の瞳には、昨夜結んだ『誓約』の、揺るぎない独占欲と愛が宿っている。
だが、ゼクスは優しく、けれど非常に強い意志を持って、セシルの小さな手を包み込んだ。
「ダメだ、セシル。君は村に残って、ハンスたちといてくれ」
「どうして……? 役に立たないかもしれないけど、一緒にいたいな」
「そうじゃないんだ」
ゼクスは言葉を遮り、生真面目な「紳士」としての、婚約者への過保護なまでの本心を告げた。
「あそこにはまだ、戦いの生々しい跡……無惨な死体がたくさん残っている。きっと酷い光景になっていると思う。セシルには見せたくないんだ。俺がやったことだから、俺一人で、ちゃんと片をつけさせてほしい」
「スーちゃん……」
無惨な死体という生々しいものから、自分を遠ざけたいというゼクスの頑なな優しさ。
セシルは、その向けられた過保護な愛に胸を熱くしながらも、ゼクスが譲らない表情をしているのを見て、ついに小さく唇を噛んで引き下がった。
「……わかった。じゃあ、私はパパとお家で、スーちゃんが帰ってくるのを待ってるね」
「ああ、ありがとう」
バルトロは、そんなセシルの折れ方と、ゼクスのどこまでも誠実な態度を見て、静かに深く頷いた。
「わかった、ゼクス。お前の気が済むまで、やってきなさい」
「感謝します、父上」
こうしてゼクスは、バルトロたちに見送られながら、一人静かに村を出発したのだった。
───────
王国の前哨基地の兵が無惨に散った地であり、帝国兵へ放ったレールガンの轟音が響き渡った地でもある、荒れ果てた山肌。
数日が経過した今でも、その土地には焦げ付いた土の臭いと、重苦しい血臭が風に乗って漂っていた。
魔獣が血の臭いを嗅ぎつけ集まり、生と死が爆発した後の酷く冷徹な地が、さらに凄惨な光景へと変わり果てていた。
「……ここか」
ゼクスは一人、ぽつりと呟き、歩みを進めた。
ゼクスが放ったレールガンは、山肌の地形そのものを変形させていた。
王国軍が命懸けの時間稼ぎをした防衛地、あるいは帝国兵が総崩れとなって撤退していった地は、激しい衝撃波と土砂崩れによって、今や分厚い土の底に沈んでいる。
「……これだけの土砂だ。手作業では何ヶ月あっても足りないな」
ゼクスは小さく息を吐き、戦場跡の凄惨なクレーターの前に膝を突いた。
普通なら大掛かりな土木作業が必要な規模だが、今のゼクスにはそれを一人で可能にする力がある。
だが、決して力任せに吹き飛ばしてはならない。
土の底にあるのは、兵士たちの命の灯火が消えた跡であり、家族の元へ返すべき大切な遺品なのだ。
ゼクスは、冷たい大地に直接両手を触れさせた。
目を閉じ、深く息を吸い込んで魔力を流し込む。
まずは精神を研ぎ澄まし、微弱に土を振動させて、その波を土の奥深くへと浸透させていった。
泥にまみれた金属の質感、砕けた鎧の破片、そして冷たくなった肉体の輪郭が、振動の跳ね返りによってゼクスの脳内へと正確に浮かび上がってくる。
「……見つけた」
位置を捕捉した瞬間、ゼクスは土属性の魔力を発動させた。
発動したのは、大気を吹き飛ばすような暴力的な魔術ではない。極限まで精密にコントロールされた『大地のゆりかご』とも呼ぶべき優しき魔術。
ガガガ、と地鳴りが響くが、それは土砂が崩れる音ではない。
ゼクスの魔力を受けた土が、まるで意思を持った液体のように柔らかく解け、自ら道を譲るように左右へと割れていく。
固まっていた泥がサラサラとした砂へと変わり、その中から、傷一つ交えることなく、兵たちの遺品や遺体が、大地の底からそっと押し上げられるようにして表面へと浮き上がってきた。
「……」
ゼクスの前に現れた、泥にまみれた認識票や、小さな肖像画の入ったペンダント。
ゼクスはそれを丁寧に拾い上げ、胸の奥を締め付けるような切なさと共に、用意した布で優しく拭い、持参した袋へと納めていく。
彼らは、王都に残る家族を守るために、この過酷な前線で戦い抜いたのだ。
そっと一礼し、守備兵たちの遺品を回収していくゼクス。
そして。
自分がその手で命を屠った、帝国兵たちの遺体。
ゼクスは、一瞬だけ目を細めたが、決して目を背けなかった。
(そうだ。これをやったのは、俺だ)
怒りに任せて放ったレールガンでの、一方的な虐殺。
「須藤涼翔」としての倫理観が、今なお消えずに胸の奥で息づいている。どれだけ最強の力を得ようとも、戦争だと心を殺そうとも、人を殺めてしまったという事実に対する消えない後ろめたさは、背負うべき業として、魂に深く刻まれていく。
ゼクスは黙々と、帝国兵の遺体も一箇所へと集め始めた。
彼らが身につけていた、故郷の家族のものらしき手紙や、小さな守り刀などの遺品を丁寧に外し、一箇所にまとめて置いておく。
たとえ侵略者であっても、敵であっても、彼らにも帰るべき場所があり、彼らの無事を祈る大切な人がいたはずなのだ。
じりじりと傾いていく茜色の落日が、静まり返る戦場跡と、一人黙々と土を掘り起こす青年の姿を、まるでその業を告発するかのように赤々と照らし出す。
ゼクスは、自分が奪った命の重さをその両腕に感じながら、ただの打ち捨てられた屍にすることなく、静かに、彼らも王国の大地へと還していくのだった。




