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死んでも君を愛し続け、異世界まで追いかけて来た俺は、君の婚約を祝福する。─この嘘は貫き通す。君の為に強くなった俺は君の幸せをただ願う─  作者: 一斗
侵攻の足音。揺れる誓いの行方編

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秒読みの降伏、残酷なシンクロニシティ

 それはゼクスとしての、須藤涼翔としての、無意識で逃れられない視線移動。

 ミラの言葉によって強烈な感情の記憶が呼び起こされ、自らの内に消えずに残る、あまりにも重い後ろめたさ。


 ほんのわずかな、心臓が止まるほどに長い沈黙の後。

 ゼクスは己の動揺を完全に脳の奥底へと圧し殺し、バルトロ達の目を真っ直ぐに見据えて、低く、けれど確かな声で答えた。


「――はい」


 その胸に、決して消えることのない嘘と、後ろめたさを残酷に秘めたまま、誓いを口にする。

 

 その一瞬の躊躇を、バルトロたちは、若者らしい生真面目さゆえの極度の緊張なのだろうと好意的に受け止めた。

 だが――ゼクスの右腕にぴったりと寄り添うセシルの水色の双眸だけは、決してそれを見逃さなかった。


 セシルの瞳の奥で、全てを見通す氷のように冷徹な光が一瞬だけ鋭く閃く。

(スーちゃん。浮気って言葉にあんなに反応して⋯⋯やっぱり、何か隠してるね?)

 彼が今、誰の顔を思い浮かべ、どんな「罪」をその脳裏に抱いたのかを、彼女は察知する。

 それは、王都で抱き合っていたあの忌々しい「美月」という女の影に違いない。


 胸を切り裂かれるような嫉妬がセシルの心を掠めるが、彼女はそれを責めることも取り乱すこともなく、ただ、ゼクスの腕を抱く力を、自分から逃がさないように、そっと愛らしく強める。


「お義母様、ありがとうございます。……ね、ちゃんとわかってる? 私の旦那様」


「あ、あぁ……」


 向けられた完璧な笑顔の裏にある、逃げ道を完全に塞がれたような無言の重圧に背筋を凍らせながら、ゼクスは動揺を隠すように生返事を返す。

 そんな彼の様子を余所に、セシルは小悪魔的な笑みを浮かべて、セシルに話しかけるバルトロの妻――ミラへと甘えるように視線を向ける。


「お義母様だなんて。嬉しいけど、まだちょっと気が早いわよ、セシル」


「だって、もう待ち遠しくて……ダメですか?」


 上目遣いで尋ねるセシルに、ミラは毒気を抜かれたように目元を和らげる。


「ふふっ、いいわよ。王都では二人きりで暮らして、ゼクスの面倒を散々見てもらっているわけだしね。傍から見れば、もう結婚しているも同然だもの。……ねえ、あなた?」


 ミラが夫であるバルトロに同意を求めるように視線を投げかける。


「そうだな」


 バルトロも深く頷き、パイプに火をつけながら言葉を継いだ。

「だが、正式に村の皆に披露する日取りだけは、きっちりと決めねばなるまい」


「ありがとうございます!」


 満面の笑顔を咲かせ、セシルはさらに容赦なく外堀を埋めにいく。バルトロはゼクスを頼もしげに見つめながら、一村の長としての現実的な未来を語り始めた。


「ゼクスにはいずれ、この村の村長として皆を引っ張っていってもらわなければならない。学院を卒業してこの村へ戻ってくる際に、村を挙げて盛大に披露宴を執り行うというのはどうだろうか?」


「それはいいな」とハンスが賛成し、ミラとマリアも「それはいいわね」と口々に同意する。


 卒業後――つまり、あと2年と数か月。ゼクスが「それならまだ時間の猶予が……」と僅かに安堵の息を漏らそうとした、その瞬間だった。


「でも、あと2年と数か月でしょう? それまでに、もし二人の間に子供が出来ていたらどうしましょう?」


 ごく当然のこと、といった様子で、マリアが笑顔でとんでもない爆弾を平然と落としていく。

 

「ぶっ……! げほっ、ごほっ……!」


 あまりに直球すぎる爆弾発言に、ゼクスは猛烈に咳き込んだ。

 隣ではハンスが「娘に手を出すなと言ったばかりなのに!」と言わんばかりの複雑極まりない表情で固まり、ミラにいたっては「さっき、まだしてないって言ったわよねえ?」と、ゼクスを疑うかのように鋭い視線で睨みつけている。

 そんな大人たちの反応を背に、ゼクスは慌てて手を振るが、セシルはぽっと頬を林檎のように赤く染めながら、ゼクスの肩へとそっと頭を預け、潤んだ瞳で彼を見上げた。


「……2年以上なんて、私、待てないなぁ」


 年頃の、しかも結婚が決まった男女が王都で二人きりで暮らしているのだ。

 マリアの指摘通り、いつ「既成事実」ができてもおかしくはない。大人たちはセシルの健気な呟きに、なるほど、と納得するかのように揃って頷いた。


「よし、では……今度の、進級前の休みに式を執り行うとしようか」


 バルトロが一同に向けて、最終決定を下すように告げた。

 ハンスもミラも、それが最善の選択だと納得の表情で頷く。


 進級前の、休み。

 それは奇しくも、王都で盛大に行われるであろう【美月とエドワードの結婚式】と、同じタイミング。


(美月の……結婚と、同じ時期か……)


 ゼクスの脳裏に、王子と結ばれる少女の純白のドレス姿が⋯⋯あの残酷な夢が、切なくよぎる。

 自分が彼女の幸せのために心を殺して突き放した、その結実の瞬間。

 心に走る鋭い痛みに、ゼクスは無意識に奥歯を噛み締めた。

 その未練と痛みが、今この瞬間も隣で自分を抱きしめるセシルへの、裏切りであると知りながら。


 けれど、ゼクスの腕に強く抱きつくセシルは、手に入れた思わぬ極上の収穫に、胸の奥で狂おしいほどの歓喜を爆発させていた。


(えへへっ……! 嬉しい、嬉しい。美月様が他の男のものになる同じ時期。これでスーちゃんの世界から、あの女の居場所は永遠になくなる……はずなのに⋯⋯)


 歓喜に震える胸の裏で、セシルの冷徹な双眸は、いまだあの女を想ってわずかに歪むゼクスの横顔を、じっと見据え続けていた──。


 それぞれの異なる想いを胸に抱いたまま、二人の「約束」は、残酷なほど完璧な日取りへと向かって秒読みを始めるのだった。


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