完全包囲網、凍りつく野営地
「……あ、ああ。許可しよう。好きにするがいい」
呆気にとられていたライオネルは、引きつった笑みを浮かべながら、ようやくそれだけを口にした。
「元より、そなたたちは正式な軍属ではないのだ。我々にいちいち許可を取る必要などない。……ああ、その軍馬についても、私が責任を持って貸し与えていると言っておこう」
内心の動揺を隠すように、いかにも王族らしい寛大な態度を取り繕うライオネル。
(……はぁ。上手く先延ばしにするか、せめて手紙を書いてそれで済ませる予定だったんだがな)
ゼクスは腕に絡みつく幼馴染みの柔らかくも強いぬくもりを感じながら、内心で小さくため息をついた。まさかこんな軍の最高幹部たちが揃う戦場のど真ん中で、急に改まって「結婚の挨拶に行く」と言われるとは思ってもみなかった。
(だが……確かに俺は、セシルと約束している。今さら断るわけにはいかない。――いや、断る気など端からないか)
自分のことを常に想い、それでも健気に応援してくれ、寄り添い尽くしてくれた彼女。そして、俺の気持ちもわかってなお、美月を突き放す為に利用してもいいと、狂おしいほどの情愛を向けてくれた。
彼女の重すぎる想いを知っているからこそ、その好意を無下にしたくない。何より、自分を無条件に肯定してくれるこの少女を、もう他の誰にも手放したくない──ゼクス自身の内側に、いつしか確実に芽生えていた静かな独占欲が、彼の背中を強く押していた。
ゼクスはライオネルに向き直り、静かに頭を下げた。
「お計らい、ありがとうございます。ライオネル王子」
「ありがとうございます!」
セシルはひまわりが咲いたような満面の笑みで、ゼクスの腕にいっそう強く抱きついた。
「ここへ来る途中も、『手紙じゃなくて、直接会って話した方がいい』って、スーちゃん、言ってくれたもんね?叶ってよかったね!」
「……ああ。そうだな」
ゼクスは記憶を掘り起こし、短く応じる。
確かに、結婚の報告を少しでも先延ばしにしようとして、その場しのぎで口にしたセリフだった。まさかその提案が、今こうして完璧な退路を断つ包囲網として自分に返ってくるとは思わなかった。だが、俺が自分で言ったことだし、間違ってはいない。
そんなゼクスの頑固なまでの生真面目さを確認し、セシルの水色の瞳の奥で、計算通りの光が怪しく揺らめいた。
(これでよし!ライオネル王子たちが王都へ戻れば、陛下に対して『なぜゼクスとセシルが一緒に王都へ帰っていないのか』を公に説明せざるを得なくなる。そうすれば……国王様をはじめ、王宮のすべての人間に、私とスーちゃんが『結婚することになった』という事実が、嫌でも完全に知れ渡ることになる……!)
外堀を埋めるどころか、国の最高権力者まで巻き込んで退路を断つ。セシルの鮮やかなまでの策略。
「……ふふ。セシル殿は相変わらずですね」
ようやく停止していた思考を再起動させたキュラムが、肩をすくめて苦笑した。
キュラムの脳裏には、以前行われた模擬戦の光景が蘇っていた。あの時、模擬戦が終了した直後、自分が彼女に握手を求めたというのに、セシルはこちらを視界にすら入れず、ゼクスの元へ一目散に駆けていったのだ。あの徹底した「ゼクス至上主義」は、凄惨な戦場を経験してなお、1ミリもブレていない。
「がははは! 良いではないか! 存分に故郷で良い報告をしてきたまえ!」
副団長ヴォルフガングが、豪快な笑い声を荒野に響かせる。
一方で、騎士団長レイヴンだけは、苦虫を噛み潰したような顔で凄まじい苛立ちを放っていた。
(……所詮、世の中は『力』が全てか。あれほどの天災を操る怪物の前には、軍の規律も、王族の威厳も、ここまで形無しになるというのか……)
武人としてのプライドを完膚なきまでにへし折られ、このような浮ついた会話を見せられている現状に、レイヴンは「くっ……」と内心で激しく悪態をついた。
対するライオネルは、セシルが突如としてぶち込んだ場違いな話題のおかげで、先ほどまでキュラムやレイヴンとの間で漂っていた「内通者を巡るドス黒く怪しい空気」が綺麗に和らいだことに、内心で深く安堵していた。
「……ところで、出発はすぐにでも立ちたいか? とは言え、もうすぐ夜だ。我々軍の本隊は、今夜はここで野営をしていく予定なのだが」
「そうですね。俺たちも夜間の移動は避けて、今夜はここで休ませてもらえれば助かります」
「我が国の英雄だ。もちろん、いくらでも構わないとも」
ライオネルが我が意を得たりと頷く。
「ありがとうございます、王子」
ゼクスが礼を言うと、セシルもそれに続いて、とびきり可憐に、風穴を開けるような一言を添えてお礼を言った。
「ありがとうございます! 私も今日はとっても眠いです。――じゃあ、今日も一緒に寝ようね、スーちゃん!」
「「「……………………は?」」」
無邪気を装ってゼクスの腰に手を回すセシルと、「おい、それはここで言うことじゃないだろう」と流石に目元を引きつらせて戸惑うゼクス。
だが、周囲の大人たちの脳内はそれどころではなかった。
軍の規律を蔑ろにする行動。しかし誰もそれを咎めることはできない。
そして、帝国軍をたった一人で文字通り瓦解させたあの規格外の化け物が、この可憐な少女に夜の営みまで完全に主導権を握られているという事実と「今日も」という単語に込められた絶対的な既成事実。それを軍の最高幹部たちの脳裏に深く、深く刻みつけながら、セシルはゼクスの腰を抱く腕の力をさらに強めた。
王族と軍の最高幹部たちが集う野営地の一角が、あまりにも密度の濃すぎる二人の関係性と、本日何度目か分からない絶対零度の困惑によって、カチリと完全に凍りつくのだった。
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記念すべき100話を迎えられたのも、ここまでついてきて読んでくださった皆様のおかげです。多大なる感謝を申し上げます。本当にありがとうございます。
さて、今後の方針としましては、三人(ゼクス、セシル、美月)が希望?を持てる形で物語を着地させたいと構想を練っております。(保証はできませんが⋯⋯)
まだまだ話は続きますが、今しばらくお付き合いいただけますと幸いです。
一斗




