白雪の思い出
深夜のガレージは、理性をかなぐり捨てた「騒乱の神殿」へと変貌していた。
七人の老人たちが寄せ集めた巨大なスピーカー群が、心臓を直接掴み上げるような重低音を吐き出している。天井で回るはずのミラーボールなどない。代わりに、円陣を組んだバイクのヘッドライトが、ハイビームで激しく点滅し、影と光を暴力的に交錯させていた。
その中心、鉄パイプを組み上げただけの急造ステージの上で、白雪はマイクを両手で握りしめていた。
「――聞こえるか! 私の心臓の音より小さい音は、全部ただのノイズだ!!」
白雪の叫びが、ハウリングを伴って空間を震わせる。
「ヒャッハー! 鳴らせ鳴らせ! 魂の回転数まで一気にブチ上げろ!」
ドクが景気よくビールの缶を空け、若者のように拳を振り上げた。
意外なことに、DJブースに陣取っているのは武藤だった。イタリア製の高級スーツの袖を捲り上げ、ドクから叩き込まれた「リズムの極意」を忠実に実践している。彼はヘッドホンを片耳に当て、流麗な手つきでスクラッチを刻んだ。
「白雪様! クラシックも格式高くて良いですが、この剥き出しのビートも実に……実に効率的に血を滾らせてくれますね!」
激しいビートの渦に身を任せながら、白雪の脳裏には、過去の断片が走馬灯のように駆け巡っていた。
七歳の誕生日。身体を締め付けるのは、何十重にも重なったフリフリのレースドレス。
ストロボの光が絶え間なく降り注ぐ中、カメラの向こうからマダム・エリカの冷徹な指示が飛ぶ。
「白雪、動かないで。せっかくのシルクにシワが寄るでしょう? 笑顔は口角をあと二ミリ上げて。……いいわ、あなたはママの、世界一美しい最高傑作なんだから」
ブランドのCM撮影。そこにいたのは一人の少女ではなく、完璧にライティングされた「商品」だった。
中学の入学式。エリカが選んだのは、特注のシャネルのスーツ。
「女の子は、きれいで、かわいくて、誰からも愛される花でいなきゃ。泥にまみれるなんて、恥ずべきことよ」
「で、でも……ママ、私は本当は……」
言いかけた言葉は、エリカの完璧な微笑みによって塗りつぶされた。
本当は、重い革ジャンを羽織ってみたかった。スタッズのついたブーツで水溜りを跳ね上げたかった。守られるだけの「可愛い女の子」でも、男の視線を気にする「愛される女の子」でもない。ただ一人、自分の足で荒野を走る「強い女」になりたかったのだ。
鏡の中に映る自分を見るたびに、白雪は自分が透明な「何か」に透けていくような恐怖を感じていた。
意志など邪魔なだけ。エリカの好む「色」を塗られるのを待つだけの、冷たいキャンバス。
「……ひらひら、きらきら……そんなの、クソくらえなんだよ!!」
突如、武藤がフェーダーを下げ、音楽が止まった。
耳を刺すような静寂がガレージを支配し、白雪の震える呼吸音だけがスピーカーを通して重く響く。
「私が何を言っても、ママは聞いてくれない! 一度も、私そのものを見てくれたことなんてなかった!」
白雪の瞳から、大粒の涙が頬のオイルを伝って落ちる。
「きれいに笑えって言われるたびに、奥歯を噛み締めすぎて、歯がボロボロになるかと思った。かわいくしろって言われるたびに、自分の顔を爪でかきむしって、その『完璧な仮面』を剥ぎ取りたくなった! ……私は、私のやりたいようにやりたかった! 泥だらけになっても、ブサイクに泣き喚いても、これが私の……私の生きてる姿なんだよ!!」
叫び終えた白雪の肩が、激しく上下する。




