ドクの独白
静まり返ったガレージに、白雪の激しい呼吸音だけが残響となって漂っていた。
ドクは、ステージの上で肩を震わせる白雪を見つめながら、無意識に作業着のポケットへ手を伸ばした。取り出したのは、角が擦り切れて色褪せた一枚の写真。そこには、夕陽を背に泥だらけのツナギで中指を立て、眩しいほど野性的な笑みを浮かべる若き日のドクと――そして、誰よりも激しく風を愛していた「エリカ」が写っていた。
「……変わらねえな、お前らは」
ドクは煙草の煙を細く吐き出して独り言ちる。
「あいつも、親に決められた政略結婚から逃げたくて、俺の後ろに乗って風を切ってたんだ。誰よりも汚れることを恐れず、誰よりも自由を求めていたのは……エリカ、お前だったはずだぜ。鏡の中に娘を閉じ込めたんじゃねえ。閉じ込めたのは、自分自身だったってわけか」
ドクは写真をポケットに仕舞い込むと、錆びたパイプ椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。その瞳に、かつて王国を震え上がらせた「総長」の鋭い光が戻る。
「野郎ども! 準備しろ! この爆音、あいつの豪邸まで届けてやるぞ! 伝説の走り、見せてやろうじゃねえか!!」
「ドクさん! どこへ行くんですか!? この時間にそんな大軍勢で移動すれば、さすがに警察に捕まりますよ!」
DJブースで武藤が叫ぶが、ドクはニヤリと笑って一蹴した。
「決まってんだろ。鏡を割った先にある『本当の顔』を拝みに行くんだよ」
「……はあ!? なんでだよ!? 今更あんな場所に戻ってどうするのさ!」
白雪がステージから飛び降り、ドクに詰め寄った。
「ママに会ったってどうせ同じだよ! 『汚れちゃって、不潔ね、恥ずべきことよ』って、また冷たい顔で言われるだけだ! あんな冷え切った場所に、私の居場所なんてないんだよ!!」
「いいか、白雪。あいつが今持ってる鏡は、あいつ自身の『臆病さ』で作った盾だ」
ドクは白雪の肩を、油まみれの大きな手でがっしりと掴んだ。
「お前が叩き割ったのはただのガラスじゃねえ。あいつが必死に隠してきた『過去』の蓋をこじ開けたんだ。今行かなきゃ、あいつはもっと分厚い鏡(盾)を作って、一生自分の顔を忘れることになるぜ」
「……そんなの、私の知ったことじゃない。私は私のやりたいようにやるって言ったでしょ」
「お前のやりたいことは、逃げることか? それとも、あいつの目ん玉をひん剥かせて、その汚れたツナギを『最高だ』って認めさせることか?」
ドクの言葉に、白雪は息を呑んだ。
自分の中に渦巻く一番の欲望。それは、母を否定することではなく、この泥だらけで、傷だらけで、自分らしく叫んでいる今の自分を、あの母に「生身」として認めさせることだった。
「……本当の幸せが何かを、あの女に教えにいくぞ。準備はいいか、お嬢ちゃん」
白雪は唇を噛み締め、それから、ゆっくりと不敵な笑みを浮かべた。右拳の傷はまだ疼いている。だが、それが今の彼女の勲章だった。
「……いいよ、ジジイ。やり合おうじゃん。私の『爆音の挨拶』、あのクソババアの心臓に直接届けてやる!」
ガレージの外で、七台のバイクが次々と咆哮を上げた。
夜の闇を切り裂くヘッドライト。それは、完璧に塗りつぶされたマダム・エリカの世界を破壊するための、光の矢だった。




