ドクズ・ガレージ
深夜の国道沿い。ひび割れたアスファルトの先に、毒々しい紫色のネオンが不規則に瞬いている。
『ドクズ・ガレージ』
錆びた鉄扉に殴り書きされたその看板は、かつて首都圏の夜を爆音で支配した伝説の暴走族『七人の小人』の生き残りたちが営む、吹き溜まりの聖域だった。
白雪は、返り血ならぬ「鏡の破片」による返り傷を右拳に負ったまま、一台のバイクの前に立ち尽くしていた。
それは、埃を被り、塗装も剥げ落ちたヴィンテージのSR400。もはや走る機械というよりは、死に損なった鉄の獣の死骸のように見えた。
「おいおい、お嬢ちゃん。そんな綺麗なツラして、うつろな目で鉄クズ眺めてんじゃねえよ」
背後から、ひび割れた低音が響いた。
振り返れば、そこには油まみれのツナギを纏った老人が立っていた。銀髪を完璧なリーゼントに固め、口には火の消えかけた煙草を咥えている。このガレージの主であり、かつての総長、ドクだ。
「ここはシンデレラが来る舞踏会じゃねえんだ。場違いなプリンセスは、パパのメルセデスにでも乗って帰りな」
白雪は、鼻にかかった冷笑を返した。鏡を割った拳の痛みは、彼女にとって初めての「生きている実感」だった。
「……これ、動くの?」
「魂を込めりゃな。だがな、お嬢ちゃん。こいつは最新のテスラみたいに静かじゃねえ。臓物まで揺さぶるような爆音と、全身を叩く振動がある。お前みたいな、温室育ちの『お人形さん』にゃ、こいつの振動は耐えられねえかもな」
「お人形?」
白雪は、自分の右拳に滲んだ赤い血を、無造作に黒の革ジャンで拭った。
「鏡ならさっき、粉々に叩き割ってきたよ。……あんな薄っぺらいガラスの中には、私の居場所なんてなかったから」
彼女は一歩、オイルの匂いが充満するガレージの奥へと踏み込んだ。
「生身の私に、こいつを乗りこなせるか試させてよ、ジジイ。私は、自分を縛るもの全部を、この爆音でぶっちぎりに来たんだ」
ドクは煙草を吐き捨てると、深く刻まれた目尻のシワをさらに深くしてニヤリと笑った。その瞳の奥には、かつて自分たちが追い求めていた「青い火花」が、この少女の中にも灯っているのを見たからだ。
「……威勢だけは合格だ。おい、野郎ども! 新入りだ! 汚れを恐れねえツナギを持ってこい!」
ドクの怒声がガレージに響き渡る。
すると、奥の暗がりから「ヒャッハー!」というクレイジーな歓声と共に、同じくファンキーな老人たちが次々と姿を現した。
「おいおい、総長! こりゃまた上等な小娘じゃねえか!」
「鏡を割ったってか? 傑作だ、最高にパンクだぜ!」
白雪の前に差し出されたのは、背中に金色の刺繍で『七人の小人』と刻まれた、真っ黒なツナギだった。
それは、マダム・エリカが買い与えたどんな高級ブランドのドレスよりも重く、そして誇り高い、彼女のための「戦闘服」だった。
同じ頃、白雪の邸宅では、マダム・エリカが砕け散った鏡の破片を前に、狂気じみた形相でスマホを握りしめていた。
「武藤! 今すぐあの子を追いかけなさい!きちんとスキンケアをしないと、一分一秒経つごとに、あの子の肌のキメが壊れていくわ!」
邸宅の車庫。漆黒の高級セダンに乗り込もうとしていた秘書の武藤は、スマートフォンのスピーカーから漏れる金切り声に、今日何度目かわからない溜息をついた。
「……やれやれ。マダム、私の雇用契約書に『家出少女の確保』という項目はなかったはずですが」
武藤は丁寧に七三分けを整え、眼鏡のブリッジを指先で押し上げる。その瞳は冷淡に見えて、どこか退屈な日常に投げ込まれた「ノイズ」を楽しんでいるようにも見えた。
「『狩人』の真似事ですか。私のオーダーメイドのスーツが、汚れないことを祈るばかりです」
武藤は静かにアクセルを踏み込んだ。




