鏡の向こう側
リニューアル前夜、プレス発表会の会場は、かつての『SNOW CELEB』が持っていた清純で静謐なイメージを、跡形もなく粉砕していた。
黒と赤のライティングが交錯するエッジの効いた空間。正面の祭壇のようなステージに鎮座しているのは、あの「叩き割られたスマートミラー」の残骸だ。破片は不規則に光を反射し、今や破壊という名の芸術として、訪れたセレブリティたちを圧倒していた。
そこへ、数人のSPを引き連れた白雪の父が、ゆったりとした足取りで現れる。
「いやあ、賑やかでいい。これこそ祭だね」
大臣としての重責を感じさせない、のんびりとした口調。彼の隣には、困惑した表情の現職政治家と、その息子であるジュニアの姿があった。父は、誇らしげに目を細め、ステージの上で出番を待つ愛する妻と娘を見つめた。
突如、爆音のギターリフが会場に鳴り響き、スポットライトがステージ中央を射抜いた。
現れたのは、マダム・エリカと白雪。
エリカは、最高級シルクのドレスの裾をあえてカミソリで切り裂いたような、パンクな出で立ち。白雪は、黒の革ジャンに、血の色のように鮮やかな深紅のチュールスカート。唇には、かつてエリカが「不潔」と罵ったはずの、闇を溶かしたような漆黒のリップ。指先には、同じく黒いネイルが毒々しくも美しく光っている。
エリカがマイクを握り、会場の静寂を切り裂くように語り始めた。
「……皆様。私は長年、鏡の中にしか真実がないと信じてきました。数字で表される肌のコンディション、他人から定義される『美しさ』という名の牢獄。私はそこに閉じこもり、娘をも閉じ込めていた」
エリカは隣に立つ白雪の肩を抱き寄せ、力強く続けた。
「でも、それは間違いでした。真の美しさとは、鏡に映る均整のとれた『虚像』にあるのではありません。それを内側から叩き壊し、無様に抗う『意志』にこそ宿るのです! 自分の直感で選び、自分の頭で考え、自分の足で泥を蹴り上げる。その一瞬の輝きこそが、何物にも代えがたい至宝なのです」
白雪がマイクを受け取り、客席を射抜くような視線で言い放つ。
「だから、今日この瞬間から、私たちの名前は変わる。新しいブランド名は、『UN-MIRROR』。自分を映して確認するための道具じゃない。自分を世界に表現するための武器だ。誰かに決められた『女らしさ』なんて、今すぐこの会場のゴミ箱に捨てていけ!」
会場に、衝撃と、それを上回る熱烈な拍手が沸き起こる。伝統に縛られていた招待客たちの瞳に、かつてない情熱の火が灯り始めていた。
「きれいでいなくていい。かわいくなくていい。……あんたが、あんたであれば、それが一番最強なんだよ!!」
白雪の咆哮に近い叫びが、会場の空気を震わせる。
最前列で見ていた政治家ジュニアは、その眩しさに魂を抜かれたように立ち尽くし、呆然と呟いた。
「……す、素敵だ……。あんなに気高く、美しい人が、この世にいるなんて……」
それを隣で聞いていた白雪の父は、ハッハッハと豪快に笑い、満足げに深く頷いた。
「そうだろう? 君にもわかるかい。……私はね、かつて特攻服をなびかせて夜の闇を裂いていた彼女に、その野性味溢れる瞳に惚れたんだ。きれいなドレスを纏っていても、オイル塗れのツナギを着ていても、あるいはアイラインを溶かして泣いていても……彼女の魂が叫んでいる限り、私はそのすべてが美しいと思う」
父は、誇らしげにステージへ向かって拍手を送った。
鏡を捨てた二人の女王。その背後では、DJブースの武藤が密かにボリュームを最大まで上げ、伝説の老人たちが「ヒャッハー!」と拳を突き上げていた。




