第七話
「ーー誰だ!?」
気づかれた!
咄嗟に木の影に隠れたけれど、姿を見られずに逃げるのは難しい。考えている間にもジルド殿下が近付いてきている。
ーーどうしたら……っ!!
背中に嫌な汗がにじみ、息が震える。見つかってしまったら、捕らえられるか殺されるかのどちらかだろう。
聞いた事をお父様達に伝えられなくなってしまう……!
「ーーっ!?」
「シッ!叫ばないで。あの木の根本にある穴に身を潜めて!」
絶体絶命と思われたその時、突然現れた男性に口を塞がれ、小声で彼の指差す方へ促された。
迷っている暇は無く、害意は無さそうな彼の指示に従うことにして、人一人がやっと入れる位の穴に身を隠す。でも、これでは見つかってしまう。
「息を潜めてじっとしていて。俺がいいと言うまでは何が起きても声を出してはいけないよ?」
口を両手で押さえ、声の代わりにこくこくと頷く。
彼が穴の入り口に手をかざすと、小さな無数の光と共にガラスの板のようなものが現れ、すっかり塞いでしまった。
「大丈夫、信じて」
私に穏やかな笑みを見せると、ジルド殿下が来る方に背を向け薬草を摘み取り始め、私が持ってきていた籠に入れていく。
「おい、貴様ここで何をしている?……俺達の会話を聞いたのではないか?」
彼の背後に立ったジルド殿下が短剣を向け声をかける。今のジルド殿下の位置なら私が見えるはずなのに、まったく気付く気配も無い。彼は振り向きもせず薬草を摘んでいる。
反応しない彼にジルド殿下は苛立った様子で彼の正面に回り込む。
「おい!」
「ーー!?」
すると彼は目の前に現れたジルド殿下に今初めて気付いたように驚いた顔をして尻餅をついた。
そして慌てた様子で、一言も発する事なくポケットから紙束を取り出し、何かを書くとジルド殿下に見せながらしきりに頭を下げている。
「あら、この平民は耳が聞こえないみたいですね」
ジルド殿下を追って来たマルチナ様が横から覗き込む。
「そうなのか?」
「えぇ『私は聾者で喋れないのですが、何か粗相をしてしまいましたか、申し訳ありません、お許しください』ですって」
「……聞かれていないのなら見逃すか。今ここで騒ぎを起こすのは、できれば避けたい」
ジルド殿下はそう言うと、彼に何もせずマルチナ様と共に立ち去った。
彼は頭を下げ続けていたが、やがて二人の姿が見えなくなるとピタリと止め、私の方に振り向いた。
「もう大丈夫だよ。よく我慢してくれたね」
穴を塞いでいたガラスの板の様な物は消え、彼から差し伸べられた手を掴み立ち上がった。
心臓がまだドキドキしている。
「あの、危ない所を助けていただき、ありがとうございました」
窮地を助けてくれたお礼を述べる。
彼がいなければ、確実に悪い結末が訪れていたに違いない。
彼が私を助けるために使った術は、私が今身につけている姿写しの指輪のように、まず間違いなく魔導具によるものだ。
見たところ彼は平民の装いなので、そんな貴重な品物を持てるはずが無いのだけど、彼は一体何者なのだろう。彼の笑顔をどこか懐かしく感じた……。




