第六話
ーーコンコン、コン、コンコン。
裏口の扉をノックする音がする。このリズムで叩くのは事情を知っている彼しかいないが、念の為に指輪を嵌める。
「いらっしゃい、ニール」
「お荷物お届けに来ました」
週に一度、食料や日用品を届けに来てくれる彼ニールは、私が入水した事になっている時に馬車を走らせていた御者だ。ここに出入りする際は変装をしている。
彼は、王家の調査団から話を聞かれた際も卒なく対応してくれた。
それもそのはず。私がアリアになる計画が始まった時に初めて聞かされたが、普段は御者をしているニールは、実はルーズバイン家の諜報部隊の隊員なのだそう。
なので、尋問などの類いに慣れているから、心配はいらないとお父様がおっしゃっていた。
「いつもありがとう」
「気になさらないでください。お嬢様のお役に立ててなによりです」
荷物を下ろしながら笑顔を向けてくれる。
「アリアと呼んで?今はエオリアではないし」
「わかりました、アリアさん」
ニールは荷物を運んでくれるだけではなく、森に篭っている私に、王都や領地の出来事を教えてくれる情報源だ。
先程、マーサが話してくれた事も、実はニールから聞いて知っていた。
「では、ご報告を」
ルーズバイン家のみんなは使用人を含め健在。
フィオネル殿下は未だ療養中らしく、王城に勤める貴族達でさえ誰も姿を見ていないらしい。
そして、マルチナ様が学園を休学されたそう。彼女の振る舞いを見れば仕方のない事かもしれない。
フィオネル殿下がいらっしゃらない今、女子生徒からの風当たりは強くなっただろうし、フィオネル殿下と懇意にしている彼女に声をかける男子生徒は恐らくいない。守ってくれる人がいないのだから、フィオネル殿下がお戻りになるまでは復学はされないのだろう。
「ありがとう。いつも助かるわ」
「いえ、それでは戻ります」
邸へ戻るニールを見送り、奥まった場所に生えている薬草を採りに向かった。
「ーーえ?あれは…」
木々の隙間から人影が見えた気がして目を凝らしてよく見ると、見知った人物ともう一人知らない人物がいるのに気付いた。こちらには気づいていない様子。
「ーーまさか自分から死んでくれるなんて思いもしなかったわ。こちらの手間が省けて良かったけど、だったらもっと早く死になさいよって思うわよね?」
「まぁ、いいじゃないか。邪魔者は消えたんだ」
鈴を転がすような声に似合わぬことを話しているのはマルチナ様だった。
フードを被った男性がマルチナ様を宥める。
「そうだけど、フィオネルが引っ込んじゃって先に進めないのよ?せめて早く婚約してくれればよかったのに、婚約者の肩書きが無いただの子爵令嬢じゃ大した権力も得られないじゃない」
「こちらには得があったがな。国境警備の要である辺境伯のルーズバインに、王家への敵愾心を抱かせることが出来た。巧くやればこちらへ引き込めるかもしれない」
いつもの愛らしい仕草が嘘のような、不遜な振る舞いのマルチナ様に目を丸くする。
フードを被っているため顔がよく見えないが、笑みを浮かべた男性の口からルーズバインの名が出て更に驚いた。引き込むとは一体……。
「ふーん。ねぇ、私がフィオネルの婚約者になってフレアージュ国を手引きして侵略させる、って計画だけど、フィオネルとの婚約は無くしてもいいんじゃない?うまく進んでるんでしょ?だから、最初の約束通りちゃんと王太子妃にしてよね、ジルド・フレアージュ殿下」
ーーなんて事……!
あのフードを被った男性は、敵対国である隣国のジルド・フレアージュ殿下なの!?何故そんな方がこんな所に……!
ニールから報告が無いのをみると、正式な訪問ではないだろう。
マルチナ様はフレアージュ国の内通者だった。先ほどの話からすると、そう思わざるを得ない。フィオネル殿下の事も、お慕いしているわけではなさそうな口ぶりだった……利用するつもりで近付いていたのね。
ルーズバイン家の私設部隊が目を光らせているというのに、ジルド殿下がどうやって国境を越えて来たのか気になるけれど、早くこの事をお父様にお伝えしなくては……!




