1日目終了
予約を忘れてました…
目の前に転がった死体を見下ろす。
当然2匹のゴブリンの死体だ。
フェンの相手にしたゴブリンは喉を食いちぎられ、とどめに頭蓋を踏み砕かれて、頭が完全に陥没している。フェンの体重からは考えられない威力だ。
そして、もう1匹。俺の始末したゴブリンはというと…胴体と頭部がさよならをしている。
俺の放った[硬化]された手刀はゴブリンの皮膚を破り、筋肉を引き裂き、骨を砕いて喉を貫いた。
残っていたのは皮だけ。それも胴体にかかる重力によってちぎれ、目の前の状態になった。
俺は血まみれの右手を眺める。
たった一撃で命を1つ奪った。後悔はない。ゴブリンだって遊びではないだろうし、勝算は高いと思っていても実際には相手の強さも未知。手加減などするはずがない。
しかし、立ち上る血の臭いは鼻を突き、なんとも言えない不快感を感じている。
これが命の重さか。
今までだって虫を殺したことなんて数えきれない程にある。
それだって同じ命だったろう。
だというのにこの不快感はなんだ。相手が人型だっただろうか。
だとすれば相手が本当に人だったときは…
俺の様子を心配したのかフェンが俺を見上げていた。本当に可愛いやつだ。
汚れていない左手で頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を瞑る。
もう一度右手を眺める。
不快感はあのときに比べればなんということはない。
殺らなければ殺られるというなら躊躇いなくやる。俺にとって大事なものを守るために。
血の臭いで他の魔物がよってくる可能性もあるのですぐにその場を離れる。
フェンが何故かゴブリンを見つめていたが、もしかして食べたかったんだろうか。
錆びたナイフだけは回収して、川で手を洗う。幸いなことに服にはあまり付いていない。血みどろで人前に出ることにならなくて安心した。
そういえば、この世界では洗濯などの家事はどうするのだろうか。魔法みたいなものでちょちょいと綺麗になるんだろうか。
一人暮らしはしていたが、洗濯は乾燥機能付き洗濯機だったので洗濯物を多少分別して放り込むだけ。
飯は外食かお湯を入れて三分がメイン。たまにカレーなど作りおき出来るものを作るくらい。
掃除に関しては学校の清掃時間くらいだ。家では親父がいた頃は門下生がついでにやってくれたりしていたし、一人暮らしになってからは基本ロボット掃除機。面倒なものは家政婦さんを呼んでやってもらっていた。
つまり家事はほとんど出来ない。
ちなみに俺は高級取りだったわけじゃない。平々凡々なサラリーマンだ。
ただ、じいさんや親父が武術家であると同時に実業家だったから複数の不動産を残してくれて、その収入で余裕があっただけだ。要するにボンボンだったってこと。
とにかくこの問題は早急に解決しないとな。当面は大丈夫そうだとはいえ、その後余裕があるとは限らないからな。
日も暮れ始めた頃、ようやく遠くに村のようなものが見えてきた。いくつか人影も確認出来る。
あれ以降魔物が近づいてくることはなかった。
さすがにそんなにうじゃうじゃはいないようだ。まぁ魔物がうじゃうじゃいたら堪ったものではない。
フェンとともに村に足を踏み入れる。
森から歩いてくるのは怪しいかと思い、迂回して反対から近づいた。
村の入り口には若い男性が数人いて、いくつか質問された。
フェンには驚かれたが「もしかして魔物使いか?」と聞かれたので、魔物使いがなんなのかはよくわからなかったがとりあえず「そうです」と答えたたすんなり入れてくれた。身分証の確認とかないのかなと思ったが、小さな村ではそんなことはしないらしい。
正直森から数百mしか離れていないのにこれはどうかと思う。まぁ村の状況も知らないのに何言ってんだって話だが。
それにしても…ぼろいなぁ。全部木造か。もちろん、日本の木造建築とは比べ物にならない。具体的には素人が作った物置小屋に毛が生えた程度って感じ。地震がきたら一瞬で倒壊しそうだ。この辺りも魔物がいることを考えると心配だ。
うろうろと歩いていると正面から大きな桶を抱えた少女が水が溢れないか見ながら歩いてくる。とにかく泊めてもらえるように話をしなきゃいかん。正直初対面の女の子に話しかけるのは抵抗があるが誰と交渉すればいいかもわからないので少女に話しかけてみる。これは仕方のないことだ。そう、仕方のないことなのだ。
「ちょっとすみません」
「はい?ひぇ!?ま、魔物が後ろにいますよ!」
「あ、あぁこいつは俺の相棒なんだ。大丈夫だよ、ほら」
俺が頭を撫でるとフェンが気持ち良さそう目を細める。
言葉が通じるか不安だったが、大丈夫なようだ。
よく聞くと日本語ではないが違和感なく理解出来る。謎知識さんのおかげだろう。
「良かったら君もどうぞ」
「えぇ、大丈夫なんですか?でも気持ち良さそう」
少女はフェンが俺に撫でられて気持ち良さそうにしているのに興味が沸いたのかフェンに恐る恐る手を伸ばす。
「…あ、ふわふわ。気持ちいい」
少女はフェンの背中を何回も撫でる。そうだろそうだろ、気持ちよかろう?
そこでフェンは少女の足に頭を擦り付ける。
さすがフェン。愛嬌なんてスキル持っているだけあるな。
「頭を擦り付けるのはもっともっとって甘えてるんだ。ね、大丈夫でしょ?」
「あ、はい。疑ってごめんなさい」
少女はペコリと頭を下げる。
「それで俺は慎二っていうんだけど、今日ここに着いた旅人なんだ。出来れば泊めて欲しいんだけど…話の出来る大人の人を紹介してくれない?」
「じゃあ村長のところへ案内します。こっちです」
まだ人通りのあるなか少女に着いていく。村人を安心させるために少女にフェンを撫でてもらいながら。もちろん水桶は俺が持っている。
「村長、ヘレンです。旅人さんが泊めて欲しいから話がしたいって…」
「…少し待ってもらってくれ」
よく聞こえないが村長は誰かと話しているらしい。
家の前でヘレンとフェンが遊ぶのを眺めながら10分ほど待っていると扉が開き若い男が出てきた。村人達に比べて身なりがいい。
「お待たせして申し訳ありません。私、モーラス商会のヴァレンと言います。今村長と商談をしておりまして…やや、この狼の色艶は素晴らしいですな。もしや、あなたは魔物使いの方ですか?さぞかし」
「…ウォッホン。ヴァレン殿、旅人の方が困っておられる。とりあえず入って頂きたいのだが?」
「申し訳ない。つい、この方の従魔に目を奪われてしまいまして。良ければ村長さんとお話している間少し触らせて頂きたいのですが、えーと」
「慎二と言います。どうぞ、人懐っこいですので」
許可を出すとヴァレンは待ってましたとばかりにフェンに手を伸ばす。
俺は村長に招かれるまま家に入る。中も外観からイメージ通りの内装。テーブルに椅子が四脚。その奥には簡易ベッドが2つ。竈では奥さんと思われる女性が湯を沸かしている。
「ささ、どうぞ、座ってくだされ」
「失礼します」
椅子に座ると奥さんが白湯を出してくれた。
「なんでも旅の御方だとか?」
「ええ。つい先程この村が見えて日も落ちてきていたので泊めて頂ければと…出来れば食料も分けて欲しいです。もちろん食料も含めて謝礼はさせて頂きます」
「えぇ、構いませんよ。空いている家がありますのでそちらを自由に使って頂いて構いません。食事は後で誰かに持たせましょう」
「ありがとうございます」
それから雑談という名の情報収集を30分ほどして村長宅を後にした。
外ではフェンがうずくまって舟をこいでいた。さすがにヴァレンもヘレンも戻ったようだ。
奥さんに案内されて空家に入る。
謝礼は銀貨5枚程出したらびっくりされた。街の宿でも高級宿を除けば銀貨4枚くらいが妥当らしい。一泊2食付きなら妥当だと思ったんだが…思ったより物価は安いのかもしれない。とはいえ、当然予約もなしでフェンの分もお願いするわけだし、そのまま渡すことにした。
もちろん日本のホテルには程遠いが文句を言える立場ではない。
とにかく野宿は避けられて一安心。それに食事もありつける。
森の中には木ノ実なんかがあったけど、火を起こせないから寄生虫とか怖いし、そもそもどれが食べれるのかもわからない。あんな虫見た後だと森の中のなにもかもが怪しく思えてしまったからな。
とにかく長かった一日が終わる。いろいろ考えることはあるけど、明日考えよう。
次回は31日0時更新予定です




