096(R) 鉄を作ろう(2)
陸地の西にある川から採取した砂鉄は、かなり湿っている。流れを利用した比重選別方法を使った以上、仕方のないことなんだろう。
ロディ達が館のテラスに布を引いて砂鉄を天日で乾かしている。たまに熊手みたいな農具で掻き混ぜているから、数日で十分に乾燥してくれるに違いない。
そんな光景を見ながら、小さな炉を使ってワインの蒸留を試みている。
一度に5ℓ程の量だから、どれぐらい採れるかはやってみないと分からない。それでも、アルコールの匂いがするんだろうな、ケーニッヒ達が用もないのに覗きにやって来る。
1日2回の蒸留作業を3日も続けると、ワインのビン2本分の蒸留酒を作ることができた。商売になるかは、バドス達の評価次第なんだが、場合によっては自分達で消費してしまいそうにも思える。
その時には大規模な蒸留所を作らねばなるまい。それに、他の酒でも同じように蒸留できるかを確かめてみたい気もする。
「それで、いつから始めるんじゃ?」
「一度始めると、3日は炉に風を送らねばならない。そろそろ始めたいが、人の手配はだいじょうぶなのか?」
3日おきの集会で、そんな話が始まる。
皆も早く始めたがっているようで、どうやら俺の号令次第ということらしい。食事を担当するおばさん連中まで確保してあるのには驚いたけど、上手く行けば自分達の収入が増えることを期待してるんだろう。
「明日は準備で、明後日から炉を焚けば良いじゃろう。ワシ等も常に2人は立ち合わせるつもりじゃ」
「製鉄ならドワーフ族だからな。ありがたい話だ。俺にも分からんところがあるから、その時はバドス達の判断に任せるよ」
夏だから、トマス達の力はあまり当てに出来ないな。塩炊きの真っ最中らしい。それでも、日中なら2人を出してくれると言ってくれた。
キャミー達には頑張って貰わねばなるまい。とはいっても子供達だから、ハリウスの部隊に応援を頼んでおく。
「そうだ! 2本出来たんだが、飲んでみるかい? かなり強いから、カップに半分で我慢してくれ。酒に弱い奴は、ポットのお茶で量を増やすんだぞ。俺もそのままでは飲めない方だからな」
「元はワインじゃろう? 強いと言っても程度の差があるほどじゃ。ワシはたっぷりと頼むぞ」
どうなっても、知らないからな。
手元のワインカップを慌てて飲み干して俺にカップを突き出してくる。まったく、酒が大好きな連中ばかりだ。
カップに半分ずつ注いで、もっと寄こせと言ってる連中にビンの残りを注いでやる。それだけで顔がほころぶんだから、皆良い連中ばかりということだろう。
「ほとんど色が無いのう。匂いも、酒の匂いだけじゃが……」
皆が揃ってカップの匂いを嗅いでいる。飲兵衛連中だけれど、直ぐ飲もうとする者はいないようだ。やはり乾杯したところで飲んでみたいんだろうな。
「言っとくけど、本当に強いからな。一気に飲もうなんて考えないでくれよ。……それじゃぁ、乾杯!」
「「乾杯!」」
一斉にカップの中身を口に入れたんだが、途端に咳き込む連中が続出した。
あれほど注意したんだから、俺には責任はないぞ。
「何ちゅう酒じゃ! 喉が焼けるぞい」
「初めてだ。確かにこれを一気に飲んだらとんでもないな」
「味が無いのね……。でも喉越しが堪らないわ」
いろんな意見が焚き火の周りを飛び交っている。
強い! というのが大多数の意見のようだ。バドスでさえ、少しずつ口に含んでいる。
「ドワーフの里に持って行けば飛ぶように売れるぞ。で、後どれだけあるんじゃ?」
バドスの言葉に、皆が俺に顔を向けた。
その目は、盗んだ物を早く出せ! というように罪人を見る目に近い。早く答えないと、ケンカになりそうな感じもしてきたぞ。
「残りは、このビン1本だけだ。この酒を造るのにワインを10本以上使っている。大量のワインが無ければ作れないのが問題なんだよ」
「残り1本であれば、製鉄が上手く行った時に味わうことになりそうじゃな。だが、炉はワシ等に任せろ。リオンはこの酒をもっと作れ!」
バドスの言葉に皆が頷いている。まじめな表情で頷かれると、かなり恐怖を感じるぞ。まったく困った連中ばかりだ。
とりあえず頷いておこう。俺も炉に参加するなんて言ったら、タタラ炉に投げ込まれそうだ。
「10本以上で2本作れるなら、値段はワイン6本分以上で売れるかどうかになりますね」
お茶割にして飲んでいたトマスが呟いた。
「そうなるな。リオンの労賃を考えてワイン8本分以上で売れれば、この島に利益がもたらされることになる」
「売るとなれば10本以上は必要じゃろう。ワシの所から何人か出しても良いぞ」
バドスの言葉には、試飲は任せろと言う言葉が隠されているようにも思えるな。
「買い込んだワインを使うのはどうかと思う。幸いにも俺達で作ったワインがある。あのワイン5タル分をこの酒に変えようと思うんだが……」
「量産して販路を作るのか? それも良い方法じゃな」
蒸留所を作るとなれば、これも燃料が問題になる。焚き木と炭はいくらあっても足りなくなるんじゃないかな。
そんな話をすると、陸地に植林をしようということになってしまった。
西に森があるから、そこから若木を掘りだして陸地に広範囲に植えることを考えているようだ。
林を作れば、イモ畑を隠せるかもしれないな。
なるべく広葉樹を植えてくれと念を押しておく。広葉樹なら育ちが速いし、焚き木や炭には最適だ。
あくる日、バドスの采配でタタラ炉の準備が始まった。
大量の炭が炉の中に投げ込まれ、周囲には炭や砂鉄を入れたカゴがいくつも置かれていた。館の広間にも炭と砂鉄の袋が積み上げられているから、順次運ぶんだろう。1輪車まで置いてある。
納屋の前では焚き火の準備が進んでいる。納屋の前には板が何枚か敷かれていたが、この下に水槽が作られているようだ。
取り出した鉄の塊を水槽に入れて破砕しやすくするのかもしれない。これはドワーフの知恵ってやつなんだろうな。
「リオンは酒造り担当だろう? あまりうろうろしてると、バドスにどやされるぞ」
「一応、この炉についても俺が責任者じゃないのかな? まぁ、あまりうろつかないでいるさ」
笑い顔で俺に注意してくれたケーニッヒを広場の端にあるベンチに誘う。
ケーニッヒこそ、炉に対して何の仕事も無かったんじゃないかな? どんなことが始まるんだろうと、朝から見学者が絶えないことも確かだ。
少し前には、教会の神官さんまでやって来て炉の前で祈りを捧げていたくらいだからね。
農家のおばさんや姉さん達も朝早くから、館の広間の焚き火でスープ作りを始める始末だ。
おかげで、ちょっと休んでいると、直ぐにお茶が運ばれてくる。
俺達を見つけた農家の娘さんが早速お茶を運んでくれた。ありがたく頂いて、ケーニッヒと入江を眺めながら頂くことにした。
「塩炊きも順調だな。雑貨屋の売り上げが上がったと言っていたぞ」
「少しずつ皆が豊かになれば良い。まだまだ金塊は十分にあるからな。試行錯誤で俺達に出来る産業を作れば、この島の人口を増やすことができる。去年行った調査では500人ほどに膨らんでいたぞ。何とか1000人ぐらいにまで増やしたいところだ」
「常備兵を1個中隊というところか……。その規模なら民兵も2個小隊は可能だろう。やはり島の防衛は難しいと?」
蹂躙されかねない。出来るだけ水際で叩けば良いのだが、敵もさるものだからね。
「パンドラ王女が将来をどのように考えているのかも問題だな。現状で2個小隊に近い部隊を持っている。俺達に反旗を翻されたら、内乱では済まなくなってしまう。それを治めれば、次はマルデウスだ。逃げ出すことになりそうだよ」
「村人は殲滅されるだろうな……。リオン、一度腹を割って話をするべきだぞ。王女達の将来計画次第では俺達の先行きが危うくなりそうだ」
ケーニッヒの言葉に小さく頷く。
果たして、ブルゴス王国再興の願いを持っているのかどうか。そのためにどんな方策を取ろうとしているのか……。じっくりと確認しておいた方が良さそうだ。
ケーニッヒと別れたところで、納屋を覗いてみると、小屋の片隅で面白そうに見学しているラジアンを見つけた。
「どうです。おもしろい仕掛けでしょう」
「鉄を作ると聞きましたが、鉄鉱石を使わないということに驚きました。鉄や鍛冶はドワーフ任せではありましたが、この仕掛けを考えたのがリオン殿だと聞いて、また驚いた次第です」
「鉄作りは重労働です。それは明日以降にも分かるでしょう。ところで、一度王女様を交えて内密なお話をしたいのですが……」
「パンドラ様も、リオン殿とのお話を望まれておりました。何時にいたしましょうか?」
時刻は明日の午後。タタラ炉に火が入って皆がそちらに注目している時に浜のテラスということにした。
王女達の今後の話だから、館でするのも問題がありそうだし、誰が聞いているか分からないからね。
だが、王女の方も俺に話があるということは、彼女達の計画もまとまって来たのだろうか?
あまり早くに袂を分かつようでは、俺達が島を守り切れなくなりそうだ。




