086(R) 人は増えたけど
マルデウスは領土内に俺達のような異分子を置きたくないらしい。
彼に賛同すれば、それなりの待遇は与えてくれるだろうが、専制君主制の政治は独裁政治でもある。マルデウスの意思にそぐわなければ直ぐにギロチン台へと送られるだろう。
そうならない為にも、俺達はこの地に根を下ろさなければならない。
コキュートスから持ち出した金塊は1割程度減ってしまったが、まだまだ十分な資金を俺達に供給してくれるはずだ。
そんなことを考えながら広間でお茶を飲んでいると、ケーニッヒが俺の対面に腰を下ろした。
焚き火でパイプに火を点けているが、いつからパイプを使いだしたんだ?
「キャミーやロディ達が里に向かったようだ。彼等の里は貧しいらしいな」
「この世界では種族間の諍いは起きていない。その理由は、獣人族が辺境に去って行ったからだと思っている」
俺の言葉にケーニッヒも頷いているから、心当たりがあるんだろう。
「獣人族はうそを吐かん。それに親切だからな。彼等は滅多に怒ることはないが、家族に被害があった場合は別だ」
「詐欺師の良いカモだな。それで穀倉地帯から追い出されたんだろう。だが、たどり着いた里の暮らしは……」
「あまり深刻になるなよ。それだけの原因でもあるまい。かつて戦に負けたからだとも言われているが、あまりはっきりしたことは分からんな」
落人という話にも説得力があるな。小さな王国が昔はたくさんあったと聞いたこともあるからね。
「とはいえ、ハリウスの部隊の増強にはなりそうだ。今でも2個分隊より多いんだから、3個分隊にはなるんじゃないか?」
「そうだな。そういえばトマスの所も数は多いんだが、農民兵は1個の部隊と考えていた方が良さそうだ」
10人以上20人未満の人員なんだよな。後方に陣取るからか、嫁さん連中も参加してるみたいだからその時々で人数が変化しているみたいだ。
ミーシャが率いる監視部隊も似たようなところがある。腕白盛りを過ぎて少し落ち着いた少年達を中心に、女の子達も参加している。一応全員に短銃を持たせてはいるが、崖を上がって尾根を目指す敵兵は、先ずいないんじゃないかな?
いたとしても、ミーシャ達の良い的になってしまうだろう。東は修道士達がクロスボウを持って守ると言ってくれている。
「東西は何とかだが、南北が問題だな」
「今更の話だ。東西が切り立った島でなければ最初の襲撃で死んでいたぞ。だが、ハリウスの所が3個分隊出来るなら、1個分隊は東西の増援にしたいところだ」
ケーニッヒの指摘は俺も考えていたことだ。若い獣人族を分けて、ミーシャの配下にしておけば良いのかな?
「問題は先送りになったが、時間ができたことも確かだ。前の世界に200年の差があっても俺にはさほど違いは無いように思えるのだが?」
「この世界で200年ならばさほど変化はしないさ。各国が愚民政策を行っているからね。だが、俺は島の子供達に教育を始めた。たぶんマルデウスも始めているだろう。国民が高い教育を受けた時の200年の差は大きく異なるぞ」
200年の教育の差ということになるんだろうな。同時に科学技術の差にも繋がる。それは技術の革新に繋がり坂道を転がるように加速していくのだ。
その結果を知るものは俺位なのかな? マルデウスは革命の後の帝国樹立期に暮らしていたんだろう。
軍政が一番と考えているようだ。だが、それを将来的に続けると別な問題も出てくることを知らないんだろうな。
「協力してやるのか?」
「軍事的なものでなければ手伝ってやるつもりだ。たぶんその内に依頼が舞い込んでくると思っている」
マルデウスからの依頼と聞いてケーニッヒが驚いている。そんなに驚くことではないと思うけどね。
「本の注文が来るはずだ。向こうも俺達が作っているとは知っているだろうし、マルデウスの事だ。おおよその作り方は分かっているだろうが、それを形としてまとめることは出来ないんじゃないかな?」
「本だと? ……教育ということか」
「そうだ。子供が1冊ずつ持つか持たぬかでだいぶ効果が違うからな」
国民に為なら、俺達が協力してあげても問題あるまい。タダで作るわけではないし、直接注文することも考えられるが、商会を経て来るなら俺達の不足分を手に入れる上でも役に立つ。
「そういえば、今年は酒を造れるぞ!」
「ワインか? だいぶ実が成ってたな」
「去年は、カゴに2つぐらいだったが、今年は10個以上は確実だ。さらに来年は増えるんじゃないか」
小さなタルに1個でも、皆で飲めば楽しめそうだ。
もっとも、ちゃんとワインになればの話だけどね。まぁ、想像してるだけでも楽しめるから、失敗してもそれほどガッカリすることはないだろう。
「顔がニヤ付いてるぞ。まったく、子供だな」
「子供も大人も無いと思うんだけどなぁ。何かを作ろうとするときは、いつもこんな感じだぞ」
「お前は、悪人にはなれないさ。だから俺達がここまで着いてきたんだ」
ケーニッヒの言葉に、互いに顔を見合わせて笑いあう。
食べ物と寝るところがあって、互いに笑いあえるんだから、俺達は幸せなんだろうな。
この間会った、マルデウスはかなり悲壮感が漂っていた。
あいつが副官達と笑いあうことができる世界は、どんな世界なんだろうな。
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夏の真っ盛り。農民達が朝早くから塩を炊いている。この天気だからたくさん取れるに違いない。
そんな季節に、ロディやミーシャ達が仲間を連れて帰って来た。
当然俺達の興味はロディが連れて来た連中に注目が集まる。夕食時に新たな仲間を紹介してくれたんだが、最後にロディが小さな声で、「俺の嫁です……」と言ったから、それから酒のタルが持ち出されて大騒ぎになってしまった。
小柄な女性で、ミーシャと同じ年頃にも見える。となると、ミーシャが焦りそうだけど、そんな気配もなく、新たな里からの入植者を紹介してくれた。
イヌ族とネコ族で十数人が増えたから、ミーシャの配下を1個分隊増やすことができそうだ。
「後は、ブルゴスの隠里だな。どれぐらい来てくれるかだ」
「数人でもありがたい話さ。それよりも、収穫が終わったら砦の補強を始めるぞ。マルデウスが大砲を持っていることは分かった入る。それに俺達のロケットに似た兵器もあるようだ。銃も持っているだろうからそれに耐えられるようにしないとたちまち砦を抜かれしまいそうだ」
性能は俺達に及ばないだろうが、それでも侮ることはできない。
一旦、形になった兵器は日々改良がなされていくのだ。
商船が元ブルゴス兵を乗せてきたのはそれから10日も経ってからの事だった。
30人程の男女を乗せて来たけど、男女が綺麗に半数とはいかず、若干女性が多いことに驚いた。
なんでも男達の多くが里に到達するまでに命を落としたらしい。
そんな彼らはこの島に元ブルゴス王女がいることに驚いている様子だったが、直ぐに俺達の島の防衛に協力してくれることを告げてくれた。
ブルゴス再興の思いもあるんだろうが、現実にはそれほど簡単ではない。
「実質には2個分隊と言うところでしょう。浜の砦の西に展開して貰えばありがたいですね」
「直ぐ後ろに農民兵もいるからな。たぶん噂を聞いて少しは増えるかもしれないが、あまり期待しない方が良さそうだ」
「十分です。何せ、使う兵器が兵器ですから」
ラジアンがそんなことを言っているが、向こうも似た兵器を使うからな。被害が皆無とは思えない。
長銃も前装式から後装式への換装が半分以上進んでいるようだ。全て換装するのは来年になりそうだが、そうなると益々金属製カートリッジが必要になる。
ケーニッヒに手伝って貰っているし、紙巻と金属製カートリッジへの挿入はユーリア達にも手伝って貰っているから、あれから1000発程作ることができた。それでも人数が増えたから1人当たり渡せる数は10個に満たない。来年はさらに人を増やすことにもなりそうな気がするな。
新たな住人に、住み家を提供し寝具と食器を渡すのはトマス達の仕事になる。村の住人が増えたから、村人も喜んでいるみたいだな。
「まだまだ住居を増やしてもだいじょうぶですぞ。下の畑に下りる階段を、村の西にも作ることにしました」
「柵も作っといてくれよ。それとだ。麦の取入れの前に、ブドウを収穫したいんだが、娘達を数人世話してくれないか?」
「ワインですね。それは楽しみです。そうなると、収穫と選別、それに足踏みになりますな」
精々カゴに10個ほどだと思ってたが、今年は豊作のようだ。荷車1台分以上になるんじゃないかな。
「ご婦人方にも協力して貰いましょう。ワシ等に畑を下さった御恩を思えば皆が喜んで協力してくれると思います」
トマスはそう言ってくれるが、タダと言うわけにもいくまい。1日、10Dぐらいは渡してやりたいところだ。それに、娘さん達へのお菓子ぐらいは用意しておかなければなるまい。
その夜に、ワイン絞りの話をすると、すでに絞るための設備はバドスが作り上げていたらしい。
「ワイン用のタルも用意しておるぞ。後は収穫して、倉庫に積み上げるだけじゃ」
「ブドウを潰すのは未婚の女性って決まってるんでしょう? 私は参加するわよ!」
そんな話で盛り上がる。
失敗するとは少しも思っていないようだ。
俺も潰してみたい気はするけど、なぜかこの世界のしきたりらしい。男がやると腐ってしまい、既婚女性がやると酢になるというけど、……本当なのかな?




