拾参
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「爛然たる祝福の光輝、此方に来たりて彼のものを癒せ…」
膝をついてしゃがみこんでいるカイナを中心に薄黄色の陣が光を放ちながら展開する。
全身が春の温かい木漏れ日のような、温かい光に包まれ、不思議と瞼を閉じたリオトは体から力を抜き、楽にする。
「キュレイル―――!!」
光がリオトの左肩と、右の太ももの傷口に集中し、一際強く光ると同時に弾けた。ゆっくり目を開け傷口を見てみると、出血も止まり、完全にふさがっていた。
「ありがとうございます、師匠」
「いや、大したことではないが、あまり無理はするな」
自然と頭に手が伸び、撫でてやれば、リオトははにかみながらまるで子犬のように気持ちよさそうに目を閉じ、自ら頭をカイナの手に擦り付けてくる。柔らかな黒髪がカイナの手に緩く絡んだ。
「傷は、平気か…?」
近くの街の警護騎士の支部に連絡を取るため離れた場所で鳥を飛ばしていた槐が戻り、控えめに問いかけてくる。
「ああ、もう大丈夫だよ」
「そうか…」
罪悪感を感じていたのか、リオトの笑みにほっと安堵する槐にカイナが意地悪く言葉を投げる。
「相手の術に引っかかったお前をリオトが庇ったそうだな」
返す言葉もなく押し黙る槐はただ静かに頭を下げて悪かった…、とだけ告げる。
「それにしても、リオトくんが狙われた理由は結局わからず仕舞いになっちゃったけど、あそこで槐が一緒に落ちて正解だったよね」
槐の隣に立っているハイネが言うと、カイナが頷いた。
「その件に関しては、礼を言わせてもらう。さっきも、お前がこの子を守ろうと前に出たところも見ていたんだ。本当にありがとう」
「別に、お互い様だろ…」
照れくさくなったのか、腕を組みそっぽを向いてしまった。
「そういえばハイネ、お前オレがいない間に師匠になにもしてないだろうな?!」
ビシッと人差し指をハイネに向け、まさに咬みつかん勢いでがるる!と威嚇する。
「残念なことに、なにもなかったですよーだ! 悔しいからコレでも持って帰って研究しますぅー!!」
「マジで持って帰るんか…」
頬を膨らませながらどこからか取り出し両手に持ってみせたのはゴーレムとの戦闘の発端になった広間のような場所の祭壇にあった宝珠。祭壇の台座から離れハイネの手のなかに収まっている今も、澄んだ輝きを放ち続けている。
なぜ逆にふてくされているのかはわからないが、とりあえずは一安心。
「そういう二人は、もちろんなにもなかったよね?」
―――あったらいいのにあったらいいのにあったらいいのに……。
宝珠をしまいながら心の中で淡い期待を抱くハイネに、呆れながら槐が返す。
「何言ってんだ。なにも無いに決まって…」
そむけていた顔を戻した槐の脳裏にふとよみがえる、地底湖に落ちた時のリオトのあられもない姿と、服を乾かすためではあったが、脱がされかけた裸の自分。
「な、なんもないに決まってんだろ…!」
再び顔をそむけてしまった。しかし、黒髪からわずかに覗いている耳が赤いのを、カイナとハイネは見逃さなかった。
「ほう?」
―――ktkr!!!
槐を見るカイナの顔にわずかな怒気が、瞳にはわずかな殺気がこもり、同時にハイネは目を輝かせてリオトと槐を交互に見る。
「ではリオト、あの後のことを包み隠さず話してみろ」
「え? あ、はい…」
「ちょっと待て!!!」
「わっ!」
槐は拒否を示し、手遅れになる前にリオトの腕を引っ張って引き寄せ、背に隠す。
そうすることでいらぬ誤解を招くとも知らずに。
―――不可抗力とはいえ彼氏以外の男の裸を見たなんて知られたら確実に俺は殺される…!
完全に勘違いをしている槐は命の危機を感じ必死になる。
「ということは、やましいことがあるのだな?」
「だ、だからなんもねぇっつってんじゃねぇか…!」
「ならばなにがあったか聞いても問題はないだろう。あとリオトを返せ」
「断るっ!」
「貴様本当に何をした…!」
なぜか言い争いを始めたカイナと槐。ハイネは面白いものを見つけたと言わんばかりの子供のような明るい表情で興奮気味に頬を紅潮させ、なにが楽しいのか至極楽しそうに黙って事の成り行きを見学している。
状況についていけないリオトは頭を働かせ、槐がここまで嫌がる理由を思い出す。
そして、
「あ―――」
納得。
「師匠すいません! やっぱり言えません!」
―――槐に意識はなかったし不可抗力とはいえ男の前で服を脱ぎましたなんて言ったら丸一日お説教の上に一か月チョコ抜きになる!!
「ほう? 分かれ道の一件といい今日はやけに反抗的だな。これは少し仕置きが必要か」
カイナの紅の双眸が妖しく光り、リオトの背筋が震えあがる。
―――あ、やばい。殺される。目がマジだ…。
「に、逃げるぞリオト!」
「あ、ちょっ! 一人だけ逃げるな!」
森の中へ走り出した槐を追い、リオトも駆け出す。
「いいだろう。お前たちがその気ならば、こちらも全力で応えるのみだ」
「わーい! がんばれみんなー!!」
カイナが得物を出したことを皮切りに始まった本物の鬼から逃れる命賭けの鬼ごっこ。
無関係なハイネはただ一人、まるで見せ物を見物する子供のようにその場に腰を下ろして手を叩いた。
弐.警護騎士 End




