拾弐
自分の未熟さによるリオトの負傷と、勝利を確信した男たちの気色悪い笑み、そして確実に追い詰められつつあるという焦りがじわじわと槐を蝕み、冷静で正当な判断力を鈍らせる。
「おとなしくそいつを渡せば、お前だけは助けてやってもいいんだぜ?」
剣を肩に担いだ男が言う。
「悪いが、命惜しさに人を見捨てるほど俺は自分をかわいがっちゃいないんでね」
リオトを背後に庇い、槐は刀を構える。
どうしても抵抗を続ける槐を黙らせようと残りの男たちが各々の得物を構え、振り上げる。
傷口を無理やり閉じたところで痛みは消えない。顔を顰めるリオトはせめて援護をと詠唱をはじめかけたときだった。
「燃え盛る地獄の業火、それはすべてを焼き尽くし無に帰する閻魔の御業……」
よく知っている声だった。
槐と男たちを隔てるようにして赤色の大きな詠唱陣が展開する。淡い赤色の光は火属性の詠力。それだけで半ば全てを確信したリオトは立ち上がり、半ば抱き付くようにして槐を後ろへ引っ張り、そのまま一緒に倒れ込む。
「―――アウスグラント!!」
一際強く光を放った詠唱陣から炎々と燃え立つ大きな焔が湧き上がり、男たちを飲み込み薙ぎ払う。
体を起こすリオトと槐の視界に、その人物の背中が映り込む。
「師匠!」
リオトの明るい声に応えるように、カイナは振り返る。血だらけで左肩を押さえている弟子を見るなりわずかに顔を顰めたが、すぐに笑みを戻す。
「遅くなってすまない。下がっていろ」
二人に背を向け、カイナは敵の残数を確認する。詠術で地に伏せたのは五人ほどで、残り四人。と思いきやかすった程度だったのか倒れていた一人が立ち上がり剣を構えたので残り五人。
「さて、私の弟子に対する仕打ちの落とし前はきっちりつけてもらうが、覚悟はいいな?」
笑みを浮かべるカイナの目は笑っていない。空気と形勢が一瞬にして逆転し、気圧された男たちの足が無意識に後ずさる。
「チッ…!」
邪魔者の乱入により、誰かが舌打ちをした。
カイナは不敵に笑うと、先手をうって大剣で斬りかかる。大きく重い剣閃を剣だけで受け止めるのはなかなか難儀だった。
かろうじて防いだ男の腕が衝撃の重さに耐えかね悲鳴を上げる。表情を崩し歯を食いしばる男の口から苦しげな声が漏れた。なんとか耐えているようだが、ただの金属で作られた剣と特殊な鉱物と金属に詠力を使って鍛えられた大剣では格が違う。バキリと音を立てて男の剣が派手に折れたところで、わき腹に刀身をたたきつけて吹っ飛ばす。
大剣が体から離れたところを見計らって曲斧が迫る。
普通の剣よりも重く大ぶりな大剣は大きく振れば勢いに乗ってそのまま限界まで流れ隙ができる。なかなか賢明な策だが、人に武術を教える立場にあるカイナが弟子の前でそんな初歩的なミスをするわけもなく。
ぐっと大剣を引き寄せ、防御態勢をとったその時、視界の隅に白がはためいた。
カイナの一歩前になにかが投げられ、互いにぶつかり合い、パリンと砕けた。同時にピチャッっという水音。
「お師匠さん! バックトゥーザバックプリーズ!」
言葉になっていないが、下がれ、という意味と解釈したカイナは後ろへ地を蹴る。下がりながら見えたのは地面にこぼれている妙な色とツヤをもった液体と、その中に落ちている二つの割れた試験管らしきもの。
着地したカイナが首を動かすと、すでにハイネは足元の陣に両手をついていた。陣は錬成反応により稲妻のような青白い光を放ちながら光る。
直後、曲斧を振りかぶる男がハイネが撒いた液体のなかへと勢いよく足を突っ込み、そのまま沈んでいった。
まるで泥の中に足を踏み入れた時のような、ずちゃ…、という不快な音がした。
「な、なんだよこれ!?」
驚き慌てふためく男は慌てて足を引き抜こうとするがそれはかなわなかった。それどころか、動けば動くほど男の足はそのなかにはまり込んでいき、ついに膝下まで沈み込んだところで立っていられなくなった男は片膝をついた。
「あー、無理無理。わりと深くまでぬかるんでるはずだから」
ハイネが右手をひらひらと振りながら言う。
罠を仕掛けた犯人が姿を現したところで、標的が増え、ハイネにも殺気と注目が集まる。しかし、なにが楽しいのかハイネはきゃっ!と黄色い声を上げて両手で頬を包み込み、照れたフリをする。
場違いな反応に、カイナは苦笑し、男たちは片方の眉をひきつらせる。
「なめてんじゃねえぞてめえ!!」
「いやーん♡」
怒声と共にハイネへ向けられる剣の切っ先。未だふざけ続ける彼女を背に庇い、カイナは大剣で応戦する。
突きを防ぎ火花が散れど、その赤き刀身は小さな傷も付きはしない。剣を上へ弾き飛ばし、重い回転蹴りを見舞う。
「なにもしないなら、危険だからおとなしく下がっていてくれ」
「はいは~い」
軽い足取りでカイナから離れていくハイネ。本当になにもしないのか?!と思わず心の中で突っ込みをいれていると、前方と左右の三方向から挟み撃ちで飛びかかってくる男たちに気が付く。
相手の武器は左右が剣に正面がメリケンサック。強く地を蹴って飛び出し、左右の二人の攻撃を躱しつつ正面の男の両手を峰で下へ押さえつけるようにして流し、顎を掌底で打ち上げ、鳩尾へ正拳突きの追撃。
残るは背後の二人。振り返りながら大剣を一閃。ためた気を刃にのせて放ち、強い衝撃波を打つ。地面を浅く抉るそれは片方の男を狙ったものだった。
倒れた仲間を見た男が再び視線を前へ戻すと、すでに大剣の切っ先が眼前に構えられていた。
「ひっ!!」
「案ずるな。武器を捨てて、おとなしく質問に答えてくれれば危害はくわえない」
今のカイナの笑みにさえ恐怖を感じる男は青い顔で右手の武器を捨て、目でこれでいいかと訴える。
「よろしい。では、貴様に二、三問おう。まず、襲ってきた目的はなんだ。一応断っておくが無駄な冗談や嘘に付き合う気はないぞ」
大剣を握る力を強めると、男はぶわっと大量の汗を流しながら慌てて答える。
「そ、そこの! 黒いガキを連れてこいと言われただけだ! 詳しいことは聞かされてねぇ!!」
思わず動いた男の指がさししめすのは大事な愛弟子。
「貴様らは賞金首と盗賊、どちらだ」
「ただの盗賊だ…! ここの遺跡の石とかが高く売れねえかって思ってつい三日ぐらい前からここにいるだけだ!」
わずかに目を細めて睨みをきかせてみるが、男はどもりながらも信じてくれと必死に訴えかけてくる。ちゃんと目を合わせて訴えかけてくるあたり、なるほどただのしがない盗賊らしい。
「言われた、という事は、貴様らに頼んだやつがいるのだろう。それは誰だ。風貌だけでも構わん。答えろ」
理由は聞かなくてもわかる。大方金だ。
「ま、マントにフードをかぶってて顔は見えなかったが、フードから金の―――」
男の言葉はそこで終わった。それはとても不自然な途切れ方で、どうしたのかとカイナが訝っていると、男は苦しそうな、声にならない声を出しながら両手をゆっくりのどのあたりへ動かす。
大剣をおろし男を見ると、そののど元から鮮血が筋を作って流れていた。鮮血の筋の根元にはなにか尖ったものが刺さっている。
「おい!? しっかりしろ!」
それはおそらく男を背後から狙い貫通した暗器。カイナは倒れ込む男を抱きとめてゆすり、その背後を、薄暗い洞窟の先を見るが、そこには誰の姿も見えない。
再度男を見やるが、もう男に生気はなかった。
不意に、カイナがその場を飛び退った。
殺気を感じたからだ。
ほぼ同時に、さきほどまでカイナがいた場所にザクリとなにかが突き刺さる。六本ほど存在するそれは大きな剣のような形をしており、闇属性の紫の光を纏い自在に宙を舞いカイナを襲う様子から、おそらく詠術で作られたものと思われる。
「師匠上!」
同じ紫の光を纏う詠術の剣が頭上からカイナへと迫る。
知らせずとも、カイナは気づいているだろう。それでも咄嗟にリオトが叫んだのとほぼ同時に、カイナは大剣の柄を両手で握り、上に振り上げる。甲高い金属音とともに、大剣から火花が散った。
合計で七本となった意思宿す剣は、宙を華麗に舞いながらカイナに文字通り怒涛の剣の舞を見舞う。
一対七と反則なまでに数は多いが、カイナとて武術においては手練である。大剣のリーチと己の力を最大限に活用し、耳障りな金属音を響かせながら、たった一人で見事に七本の剣の攻撃を捌ききってみせる。
左から三本の剣の囮の剣戟。右から二十秒遅れの、残りの剣の本命の突き。挟み撃ちだ。
捌ききれないと判断したカイナは大きく後ろへ飛び退ってかわす。
的が無くなり、七本の剣は先ほどまでカイナがいた場所へと突き刺さる。綺麗に扇形になったそれは、まるでオブジェか墓標のような一種の芸術にも似ていた。
次はどうくるかと、カイナは体勢を立て直し大剣を構える。
しかし、七本の剣はゆっくりと地面から抜けると、ゆらゆらと揺れながらしばしその場から動かなかった。
そして、また宙を舞った。
「っ! しまった!」
カイナが悔恨の色を浮かべて叫び、走り出す。
しばしカイナの戦いを見ていたリオトたちがその意味を理解したのは、未だ横たわったままの盗賊たちのうちの一人の体を、剣の一振りが貫いた瞬間だった。
「なにを…?!」
槐が金色の瞳を丸くする。
それを皮切りに、七本の剣は次々と横たわっている盗賊たちの体を貫いていく。
血がしぶくその箇所は、間違いなく心臓。
カイナが剣を止めようと駆け寄るが、剣はすでに最後の一人の体を貫いていた。
多量の赤い血だまりのうえで、盗賊たちは断末魔の悲鳴を上げることもなく静かに息絶えた。
徐々に血の気を無くしていく盗賊たちの真上にとどまっていた七本の剣は不意に吸い込まれるように洞窟の奥の暗闇へと向かう。
「そこか!」
その方向に術者がいると確信したカイナはナイフを取り出し暗闇の中へと投げるが、手応えはない。
「…逃がしたか」
狙いは始めからリオトで、盗賊たちは失敗した場合は口封じに殺す捨て駒として利用した。だからカイナを盗賊たちから遠ざけて距離を稼ぎ、スキを見て全員の命を奪った。
やられた。完敗だ。
―――フードから金の、なにかが見えていた、と言いたかったのだろうか…。
今となっては答えてくれるものもいないが、またリオトが狙われる可能性もある。“金”というワードだけでも気に留めておいたほうがいいだろう。
「師匠! 怪我は?!」
振り向けば真剣な形相で、しかし心配そうに眉尻を下げたリオトが声をかけてくる。右手は相変わらず負傷した左肩を押さえているが、痛そうなそぶりは見せない。
自身の方が重傷だというのに、まったくもっておかしな子だ。
「私は無事だ。それより、すまない。手がかりは隠蔽されてしまったようだ。とりあえず外に出るぞ。リオトは私がおぶろう」
「すいません…」
左肩だけならばまだしも、右の太ももにも怪我を負っているため、足場の悪い洞窟を歩くのは少々難儀だろう。
カイナが歩み寄ると、リオトは肩を押さえたまま申し訳なさそうに頭を垂れる。
「帰ろう。リオト」
いつものように頭を撫でてやると、リオトはおそるおそる頭を上げ、笑った。
「…はい!」




