3.恋文について
郁は大抵、あたしよりも早く屋上に居る。
理由はあの子がお弁当で、あたしがパン食だから。教室から購買まで、そして購買から屋上までの所要時間が到着タイムの差として出るのだ。あたしのお腹が減りすぎて、授業サボって食料調達の旅に出たりした場合はこの限りに非ずだけど。
ともあれ今日は寄り道があったお陰で更に大幅タイムロス。あたしが屋上に走り込んで見上げると、やっぱり郁はあたしよりも早く定位置に座って、もきゅもきゅ品良くお弁当を食べていた。
「いーくー!」
ホップステップでその眼前に駆けつける。ちょっと目測を誤って、ジャンプは要らなくなってしまった。
「ちょっとはりぼー、埃、埃」
叱られたけど無視無視。それどころではないのだ、これが。
「今日はスペシャルでサプライズがあるぞー!」
足を肩幅に腰に手をあて胸を張ってそう叫ぶ。
いつにも増してのハイテンションに戸惑ったのか、郁はきょとんとあたしを見上げた。その鼻先に、後ろ手に隠し持った洋形封筒をじゃじゃーんと突きつけてやった。
「手紙?」
「うん、ちょっと待って」
即説明したいのはやまやまだけど、購買から全力ダッシュで来たら流石に息が切れた。深呼吸でしてから、パンと一緒に買ってきたパックコーヒーで水分補給。
一息ついて、あたしは胸を張りなおす。
「そう、手紙! なんとラブレターだ!」
「大野木くんから?」
「なんで大野木さ!?」
「だって昨日、いいなって言っていたから。はりぼーと上手くいったのかなって思ったよ。違うの?」
そういえばそんな話をしたような気がする。でも流石の郁も、今回は見当違いの大違いだ。
「違うの!」
「じゃあ誰から?」
「ていっ」
業を煮やして、あたしは察しの悪い子にチョップ。
「こういう場合にはまず、『誰に?』って訊かないと駄目なんだよ」
あたしの理不尽に不満げな顔をしながら、それでも律儀に郁は従う。
「誰に?」
「郁に!」
「え」
言ったら郁の動きが止まった。よっぽど意外だったんだろう。でもその驚くところが見たかったので、あたしは大変満足だ。
「ほら、郁。受け取って」
改めて鼻先に差し出すと、郁はそこでやっと我に返って、おそるおそる手を出した。
封は切らないまま、ガラス細工でも扱うみたいに慎重にせずに矯めつ眇めつしてから、
「悪戯?」
「それは書いたヤツに失礼だぞ、郁」
「あ、ごめんなさい」
「あと言っとくけど、昨日あんな話をしたばっかりだけど、これについてはあたしがヘンな手引きしたわけじゃないからね。ちゃんと純粋に、郁が好かれたんだよ」
「……」
困ってる、困ってる。
でもちょっと顔を赤くしちゃったりなんかして、今の郁はすごく女の子な感じ。なんだかんだ言ってもやっぱり、人から好かれるのって単純に嬉しいよね。
「えと、誰から?」
「うちのクラスの、なんていったかな、名前忘れた君」
「全然誰だか判らないよ」
「うーん、あたしもそんな喋った事ないヤツなんだよね」
しまった。ぽろっと漏らしてから失言に気づいた。
郁はやっぱり耳聡いくて、既にじーっと疑いの目であたしを見てる。
「どうしてそんなお付き合いの薄い人が、はりぼーに手紙を託したりしたのかな?」
ごもっともな質問だった。
あたしはあだ名の通り大げさな話をするし、結構口が軽い方だし、他人がこういう受け渡しを頼むような人間じゃないって、自分でもよく分かってる。でも違うんだよ。これはホントに悪戯とかじゃないんだよ。
あたしは慌てて手を振って、
「いやそれがさ、実は今日、古典の教科書を忘れちゃって。午後の授業だから郁に借りようと思って、お昼休みになるなり真っ直ぐD組に行ったのよ」
疑惑の姿勢を解かぬまま、郁はひとつ頷いて先を促す。
「そしたらうちのクラスの、その名前覚えてない君が、D組の入り口をうろうろしてたのね。なんか困ってるのかなーって思って、『あんた誰かに用なの?』って声かけたわけ。そうしたら顔を青くしたり赤くしたりの挙動不審の挙句、『用がある相手、今居ないみたいだから』とか言って逃げてこうとするじゃない。そこであたしはぴーんと来たわけよ。『間違いない、これは色恋沙汰だ!』ってね」
「それはちょっと短絡なんじゃ……」
郁がなんか否定を言いかけたけどスルースルー。
「でもって、あのクラスでお昼開始直後にいなくなるっていったら、もう郁しかいないじゃない? しかも入り口から覗いてたのも郁の席の方だったのね。だから『いないって郁? 郁でしょ? 郁なら居場所知ってるからあたし呼んできてあげようか』って詰め寄ったら」
「詰め寄ったら?」
「逃げた」
あのチキン、ありえないんですけど。
「……はりぼー、一体どんな顔して迫ったの?」
「こんな可愛らしい顔だよ!」
でもってその後に封筒が落ちてるの気がついて、しかもそれがこんな小奇麗て洒落た品だったから、はりぼーさんはまたしてもぴんと来たわけです。
このご時世だ、ラブレターを下駄箱に投函なんてインパクトが薄味すぎる。差出人の顔が見えないっていうのもよろしくない。
というわけであたし的には、昼休みに呼び出して渡すもの渡して放課後返事をお願いします、ってパターンが鉄板だと思ってる。そしてこれもまた、その鉄板シチュエーションに間違いなかろうと。
まああたし自身は字汚いし、そもそも手書きよりメールの方が楽だし、それにいい文章なんて書ける気しないし、だから呼び出した時点で直接言っちゃうんだけど。
「とにかくそーゆー次第で、これは絶対郁宛だって事で、あたしが運んできてあげたわけ。ささ、まず読んでみようよ」
事情説明を終えて催促すると、郁は煮え切らない顔で、うーん、と首を傾げた。
「どしたの?」
「うーん」
そのまま首だけじゃなく体も傾けていく。腕組みしながら数度唸って、床と平行になるくらい傾いてから、ぐいっと元に戻った。
結局開封はしないまま、郁は封筒をお昼用の文庫本に挟み込む。
「読まないの?」
確認すると、郁は黙ってこくんと頷いた。
そっかー。まあ残念だけど仕方ない。あんまりせっつくのもなんだし、人の恋路に首を突っ込むのもアレだし、それが郁なら尚更邪魔にはなりたくないし。
「郁」
「はい」
「ちょっとだけ余計を言うと、もし少しでもいいなって感じる部分があるなら、あたし的にはお試しはアリだって思うな」
「……うん」
ちなみに手紙の主の名前知らない君は、大人しい眼鏡文学少年って感じだった。郁とは相通じるところがあったりするんじゃないかなー。
「もちろんなんか困ったら、ちゃんとあたしに相談するんだぞー?」
「うん。相談する」
それから郁はちょっと考えて、
「多分顛末は、明後日のお昼にお話するよ」
お、なんか積極的。
明後日報告って事は、イエス、ノーは別として明日にはもう答えを出してるって意味で。郁はかなり悩むタイプだろうなって思ってただけに、意外意外。
どうなるかなー、うまくいくかなー、なんて考えてにやにやしてたら、教科書借りるのをすっかり忘れて、おかげで先生に怒られた。郁め。




