第三話 前夜
断罪の前日、わたくしは早めに部屋へ戻った。
明日のことを考えると、早く寝た方がいい。
そう思ったのに、眠れなかった。
三ヶ月前と、同じ。
深夜になって、幽霊が現れた。
わたくしも、鏡の前に、いつも通り座る。
「眠れないの?」と幽霊が聞いた。
「そうね」とわたくしは言った。
「緊張してるの?」
幽霊の問いに、わたくしは少し考える。
「…わからないわ」
本当に、わからない。
胸の中は、凪いでいる。
それが緊張なのか、覚悟なのか、あるいは別の何かなのか。
わたくしには判断できない。
「明日、終わるわ」と幽霊が言った。
「ええ」とわたくしは言った。
「怖くない?」
また、質問だった。
「あなたは、怖かったの?」
幽霊は、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと呟いた。
「……わたくしには、あなたがいなかったから」
わたくしは、少し視線を落とした。
それ以上聞かなかった。
しばらく、二人で黙っていた。
静かだった。
悪くない静けさだった。
ふと、幽霊が、鏡の縁に手を置く。
わたくしも、同じところに手を置いてみた。
鏡に、当たる。
冷たい。
「消えるわ」と幽霊が言った。「明日が終わったら」
「そんな気がしていたわ」とわたくしは言った。
「寂しい?」
わたくしは、答えない。
答えはある。
でも、言葉にする必要がない。
幽霊が、わたくしを見た。
何かを、確かめるような目で。
「ひとつだけ、聞いていい?」と幽霊が言った。
「なに?」
「楽しかった?」
予想外の質問に、わたくしは目を瞬いた。
わたくしは、三ヶ月のことを、振り返る。
風邪で寝込んだ。
地味な調査。
孤児院への寄付。
「……まあ」とわたくしは言った。
「悪くはなかったわ」
幽霊が、笑った。
わたくしも、笑った。
どちらが先だったか、わからなかった。
夜明けが近くなった頃、幽霊の輪郭が薄くなり始めた。
朝の光が差し込むと消えるのだと、わたくしは知っていた。
「今日」と幽霊が言った。「きっと、上手くやれるわ」
「そうね」とわたくしは言った。
「自信、ある?」
「あなたが言うんだもの」
幽霊は何も言わず、微笑を浮かべた。
わたくしは、薄くなっていく幽霊の輪郭を、ただ見ていた。




